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3.11取材報告:石のスープ

フリーランスのライターやジャーナリストがお届けする有料メールマガジン「石のスープ」。東日本大震災の取材報告を中心に、バラバラのフリーランサー達が集まって一つの媒体と作ると、どんな味に仕上がるでしょうか……

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渡部真【勝手気ままに】vol.12「東電福島第一原発構内の取材日誌」(3/4) 



石のスープ
増刊号[2012年10月22日号/通巻No.49]

今号の執筆担当:渡部真

「東電福島第一原発構内の取材日誌」
(3/4)




→前ページ「東電福島第一原発構内の取材日誌」(2/4)へ戻る←


■1〜2号機の山側を走り、再び高台へ

[11:11]
 「地下水バイパス試験井戸」を通過する。くり返すが、ここは本来は3号機の山側を走ればいいものを、瓦礫などが散乱しているという理由で、迂回しているポイントだ。
 車内空間線量は「85マイクロシーベルト/毎時」。

[11:12]
 再び坂を下り始めた。2号機と3号機のちょうど間に向かってバスが降りていく。
 右側に3号機の原子炉建屋が丸見えになっている。やはり酷い。3号機がゆっくり見える位置で車を停めてほしい。建屋の内部が見えない僕ら報道陣が、その目で見たものを伝える役割を果たさなければいけないなら、やはりこの3号機の状況こそ、動画でも写真でも十分に国民に見せ、記者はその率直な感想を伝えるべきではないのか?
 記者たちの中には、すでに心が2号機に向いている人たちも多い。

 坂を降りてバスが左に曲がると、2号機原子炉建屋山側の真っ正面だ。「構内取材ルートマップ」紫5の地点である。2号機は水素爆発していないため、建屋がキレイに残っている。しかし、原子炉の中はメルトダウンを起こして非常に危険な状態がいまも続いていると予想される。やはり、建屋だけでは判断が出来ない。すぐ横の3号機とは対照的な外観だ。
 作業員が2号機建屋の入り口付近で作業をしている。しかし、その目の前を、結構なスピードでバスが通り過ぎていく。時速は20キロを超えていると思う(実際、この後の移動距離とその時間を考えると、20キロ以上で走っていた事になる)。カメラは、彼ら作業員を納められているのだろうか?
 周囲の記者の線量計がなり出した。車内の空間線量もかなり高くなっているようだ。

 この直前、4号機の山側でバスに戻った際、寺澤氏に「なんとか、1〜2号機の前はゆっくり車を走らせてほしい」と頼んでいた。海側を走ったときのようにあっという間に過ぎてしまっては、何も見えないし、映像的にもたいしたものは撮れないはずだ。東京電力が「報道陣に公開しています」というアリバイを作るために、僕は取材に来たわけじゃない。ここに来たからには、ちゃんと見なければ、何のために来たか分からない。
「もう少し、ゆっくり走ってください!!」
 思わず、遠くの運転席に向かって叫んだ。周囲の記者たちには多少迷惑だったかもしれないが、叫ばずにはいられなかった。
 ちょうど2号機と1号機の間くらいで、東電の社員が車内の空間線量を伝える。「900マイクロシーベルト/毎時」だ。B班の中ではこれまででもっとも高い値が出た。
「もうちょっとゆっくりお願いします!」
 再び叫んだが、聞き入れてもらえず、バスはあっという間に1〜2号機の前を通過した。
 正直、何も見えなかった……。

 10月9日に東京で開かれた事前説明会で、最大に高い空間線量はどれくらいを想定しているか質問があった際、東京電力の広報室は「事前の下見では、バスの中で1ミリシーベルト(1000マイクロシーベルト)/毎時程度は計測された」と発表した。すると、周囲の記者が小さい声で「あんまり高い線量のところ行くのはなぁ……」と隣りの記者に語っているのが聞こえた。
 自分の健康を気遣うのは大切な事だ。今回は、A班にもB班にも若い女性記者が同行している。女性は、東京電力の指針でも、男性に比べて4分の1程度、低い被爆線量に設定されている。大事な体に、必要以上の放射線を浴びるのは、僕も反対だ。
 しかし、僕自身は、1ミリシーベルト/毎時程度なら、全く構わないのでもっとゆっくり取材させてほしい。この1〜2号機の前でバスが停車して2〜3分、バスの中で撮影させてくれたとしても、40歳を過ぎて子どももいる僕には全く影響がないと考えている。これは、個人的な見解ではあるが、ほかにも同じような気持ちの記者はいるはずだ。だったら、バスを2台に分ける際、早く通り過ぎる事を希望する記者のバスと、ゆっくりバスが移動する事を希望する記者のバスを分けたら良い。
 少なくとも、こんな程度にしか見えないのに連れて来られて「はい、1〜2号機も報道陣の皆様に公開していますからね〜」と東電に言われても納得できない。
 これは、今後、記者や報道機関全体で、東電に交渉すべき重要な問題だ。
 この点も、この取材日誌に記録として残しておきたい。

 1号機を過ぎて、「窒素供給装置」が見えた。そのすぐ手前は、すべてのガラス窓が粉々に割れた事務棟だ。1号機の水素爆発の影響で、このガラス窓が割れてしまい、その映像が、事故直後にも公開されて印象深かった事を思い出した。いまでも当時のままになっているようだ。


■アルプスの施設を見て、再び免震重要棟へ

[11:14]
 海側から高台に登りきって、「構内取材ルートマップ」紫7の地点である「多核種除去装置(通称アルプス)」前に到着した。ここで再び降車し、15分程度、取材をする事が出来る。

 バスを降りる準備があったので、寺澤氏にもう一度、1〜2号機の山側や、1〜4号機の海側を走る際のバスのスピードについて、今後検討してくれるように、広報の上部に話をしたいと伝えた。寺澤氏は「今後、皆さんと本社との交渉次第でしょうが、多分難しい」と言う。しかし、実際に作業員の人たちは、外に出て作業している。理屈で言えば、健康に影響がないと東電が判断しているからこそ、作業員に作業を認めているはずだ。もちろん、事故の特別対応ということもあるが、それにしても、空間線量が1ミリシーベルト/毎時程度で、あんなスピードで走られてしまっては、1F構内でなくても、警戒区域の双葉町、大熊町、浪江町で取材なんて出来やしない。どうしても納得ができない。
 寺澤氏は「たしかにおっしゃる事はよく分かる。だけど、僕も、中途半端に約束して出来ないのは嫌だから、いまは検討しますとしか言えない」と言った。この辺の正直さも、相変わらず寺澤氏らしい。

 バスを降りる時、再び、靴のビニール履きを2枚にする。

[11:16]
 アルプス前に降車した。15分間、好きに取材できるという。
 このアルプスは、「多核種除去装置」という名の通り、汚染水に溜まっている様々な核種を除去する事が出来る。これまでの処理施設「サリー」(4号機原子炉建屋の山側裏にある建物)では、放射性セシウムしか除去できなかったが、この装置ではトリチウム以外は除去できる事になるらしい。ここには3つのアルプスが設置され、もう間もなく完成し年内にも稼働が始まる予定だが、稼働し始めれば1日当たり500トンの水を浄化処理していく事になる。
 ここで水を綺麗にする事が出来れば、1F構内中のタンクに溜まっている大量の汚染水を処分する方法も検討する幅が増えるという。1F構内には、現在約20万トンの汚染水が溜められている。単純計算すると400日かかるが、その間に、さらに汚染水は排出される事になる。現在は、もう間もなく貯蔵タンクが一杯になるが、来年の夏までには40万トンが溜めておけるように設備を作っていく計画だ。まぁ、原発にとっての「命の水」をどうやって溜めすぎず、どうやって低濃度にするかは重要だ。そのための施設となる。何だか持ったいつけた言い方だが、要するに、これで汚染水がある程度キレいになれば、例えば地下深くに水を放出しても問題ない、という事になっていくのだろうと、個人的には考えているが邪推し過ぎだろうか。

 それにしてもこの場所で15分が必要だったのか。もちろん、どんな場所でも取材できるなら何時間でもほしい。ただ、全体で決められた時間の中で動くなら、ここで15分が5分になってでも、原子炉建屋やタービン建屋の前で、後数分でいいから取材させてほしい。

 アルプスの周囲は、やはり地表に鉄板が敷かれていた。地表は砂利だが、放射線量が高いホットスポットが点在しているため、鉄板で遮蔽しているという。

1V0A8441.jpg
写真提供:尾崎孝史


[11:36]
 バスに戻った。やはりバスに乗る前に、靴のビニール履きを1枚だけ脱いだ。
 15分という話だったが、ちょうど20分間降車していた事になる。
 この地点の車内放射線量は「5マイクロシーベルト/毎時」。数百メートル先とは20分の1の線量だ。

[11:42]
 再び免震重要棟の駐車場まで戻って来た。ここでバスを降り、免震重要棟の中に入る。
 行きに免震重要棟の目の前に来た時に書いたが、鉄パイプで作られた簡易的な屋根の下で、待機させられる。まるで櫓のような、工事現場の足場のような印象だ。ここから免震重要棟に入るのだが、防護服やマスクなどをすべて脱着する。かなり厳重に入り口は警備され、数名毎に区切られる。そのため、僕ら報道陣と同行する東電広報室の社員達、数十人がいっぺんに入ろうとしても、入り口に溜まってしまうのだ。まして、ちょうど昼前で原発社業員達も続々と免震重要棟に戻ってくる。
 あっという間に長い行列になった。

 行列から少し離れ、この鉄パイプの屋根の下を見物する。ほかの記者の線量計がピーピーとなっている。尾崎カメラマンの線量計は23.6マイクロシーベルトを示している。尾崎さんによると、この場所でもっと高い値も出たという。地表を鉄板で覆っていても空間線量は高い。

 行列に戻ると、どうやら作業員の行列に戻ってしまったようだ。皆、同じような防護服を着ているので注意しないと間違えてしまう。
 隣りにいた男性作業員に話しかけてみた。マスクでよく見えないが、20代だろうか。
筆者「これから昼食ですか」
男性「はい」
筆者「毎日、こんな感じで並ぶんですか?」
男性「昼になると割りと混みます」
筆者「真夏の炎天下でも、毎日こんなに待たされるんですか?」
男性「否、いつもはもっと早いけど、今日はとくに並ばされてる」
筆者「きっと、僕らのせいですね。ごめんなさい」
男性「(苦笑)いえ……」
筆者「これから何食べるんですか」
男性「コンビニの弁当……」
 ここで、同行していた東電広報部の社員に腕を掴まれた。「ここでは作業員に取材しない約束になってますよね」と言われた。「否、まぁ雑談だから」と返したが、確かにあのまま雑談が進めば、たぶん、改めて外で話を聞かせてほしいという交渉はしただろう。ここは、大人しくしておかないと、周囲の記者たちに迷惑をかける事になってもいけない。そのまま、報道陣の行列前で戻った。


■事務棟内で休憩

[12:06]
 20分近く並んで、ようやく免震重要棟の建物の中に入る事が出来た。
 まず最初の部屋で、ヘルメットを脱ぎ、3重になっている手袋を1枚だけ脱ぐ。靴のビニール履きもここで脱いだ。次の部屋では、手荷物を一旦預ける。その上で、防護服や手袋などをすべて脱ぐ。次の部屋に行くと、手荷物は簡易的な外部被曝の検査を受けて、問題がないものとして返される(※手荷物を持つ事が出来なかったため、後で記憶を戻してメモをしたので、若干の間違いがあるかもしれない)。
 すべては、免震重要棟にできるだけ放射性物質を侵入させないためだ。かなり厳重に管理されている印章を持った。

[12:16]
 防護服などを脱着し手荷物を受け取ると、免震重要棟の2階に案内された。「緊急対策室」と書かれた入り口の横を通り、控え室に通される。ここで暫く休憩をする事になる。
 控え室には、山崎製パンの「ランチパック」(ハムチーズ味/軽井沢キャベツメンチ味)、パックジュース、ペットボトルの水などが大量に用意され、記者たちが自由に食べていいという。正直、とくに腹は減っていなかったが、とりあえず、全部いただいた。これで東電に接待された事になるのだろうか。東京でこんな事を言えば、フリージャーナリストの寺澤有氏から「渡部さん、ランチパックで東電に買収されちゃったの?簡単だねぇ。せめて料亭で接待とかさせてから買収されてよ」と嫌味を言われそうだ。
 まぁ、接待されてご馳走を受けても、一切遠慮しないくらいの図々しさが僕なので、これくらいでは心配しないでね、と心の中で寺澤有さんに話しかけてみた。

 東電の広報室社員が来て、11月から使用される新しい防護服が披露された。下請けの作業員が、APDを鉛で包んで積算放射線量を誤摩化すという事件が起きたため、胸の部分を透明にして、APDが正常に装着されているかチェックしやすいように改良された。

 周囲の記者たちと雑談が進む。大きな取材が一息ついて、皆緊張感から開放されている。中には、同行していた東電の広報室の社員達に、今日の取材での補足説明を求めている。広報部長だった寺澤氏も人気だ。

[12:38]
 この日1日、東電の寺澤氏には、とても丁寧に取材に応じていただいた。いつもはノラリクラリの対応に腹が立つことも少なからずあったが、今日は本音を含めて色々と突っ込んだ話を聞く事が出来た。
 実は、寺澤氏は、この10月1日から、広報室の部長から異動になっていた。最初に「今日は皆さん報道陣の対応のために応援に来ました」と言っていたが、東電広報部長としては最後の仕事だという。すでに、日本原燃に出向になっているそうだ。フリーランスの記者たちにコメントをもらった。
「寺澤でございます。これまでの会見の中ではご不快な点もあったと思いますが、改めてお詫び申し上げます。10月1日付けで日本原燃という会社に出向となります。今後とも一所懸命やっていこうと思っています。長い間お世話になりました」
 最後に、記者会見ではたびたびぶつかり合っていたフリーランス記者の木野龍逸さんにも一言コメントをもらった。
「木野さんとは、会見で何度も質疑応答のやり取りをさせていただいてきましたが、引き続き東電の方の会見も入られると言う事ですから、ぜひ、あの、本店のご取材にあたっては、ルールを守っていただければと思っております。よろしくお願いいたします」


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メルマガ仲間の三宅勝久、「ときどき登場」の寺家将太さん、ジャーナリストの長岡義幸さん、記者会見ゲリラの畠山理仁さん、ジャーナリストの粥川準二さんも、寄稿してくました。友人の編集者が、僕らが儲かりもしないのに取材を続けてきたことに支援してくれ、まさに赤字覚悟で頑張って発行してくれました。何とぞ宜しくお願いします。



渡部真 わたべ・まこと
1967年、東京都生まれ。広告制作会社を経て、フリーランス編集者・ライターとなる。下町文化、映画、教育問題など、幅広い分野で取材を続け、編集中心に、執筆、撮影、デザインとプリプレス全般において様々な活動を展開。東日本大震災以降、東北各地で取材活動を続けている。
[Twitter] @craft_box
[ブログ] CRAFT BOX ブログ「節穴の目」



■発行元:「石のスープ」編集部

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