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3.11取材報告:石のスープ

フリーランスのライターやジャーナリストがお届けする有料メールマガジン「石のスープ」。東日本大震災の取材報告を中心に、バラバラのフリーランサー達が集まって一つの媒体と作ると、どんな味に仕上がるでしょうか……

渡部真【勝手気ままに】vol.12「東電福島第一原発構内の取材日誌」(2/4) 



石のスープ
増刊号[2012年10月22日号/通巻No.48]

今号の執筆担当:渡部真

「東電福島第一原発構内の取材日誌」
(2/4)




→前ページ「東電福島第一原発構内の取材日誌」(1/4)へ戻る←


■正門から、構内移動用のバスまで

[10:24]
 ここまで、ずっと寺澤氏に質問をしながら移動して来た。主に聞いていたのは、作業員の日常の作業風景や行動について。例えば、「原発作業員が日常の作業前に、Jビレッジに立ち寄るのは平均的にどれくらいの時間か?」「かなり朝早く(夜中の4時過ぎや5時頃)から作業員がJビレッジに入ったり、国道6号線から1Fに向かう姿を何度か見ているが、そんなに早い時間のローテーションってどんな作業なのか」など。こうした日常の様子については、作業員から直接聞いたことはあるが、東電社員から聞いたのは初めてだったので勉強になった。ほかにも、東電広報室が、事故以前に原発視察に訪れる見学者を案内するときの様子や、事故後、政治家や要人が1Fの視察をする際の広報担当者としての仕事内容などについても話を聞く事が出来た。こうした話を書いていると長くなるので、いずれ、どこかで改めて書く事にしたい。

 正門を通ってすぐ、無数の青色のタンクが設置されている。低濃度の滞留水が溜められている。1F全体が、事故以降いまに至るまで「水の処理」が問題の中心になっていることを、改めて実感させられる。

 ここで、構内取材のルートマップを確認できるように、画像を作成しアップしたので、ここから先はこのマップを参照しながら読んでほしい。

[参考]構内取材ルート 2012.10.12
http://www.craftbox-jp.com/sdp/121012_1Fmap.jpg

[10:26]
 免震需要棟前の広い駐車場に着く。「構内取材ルートマップ」紫1の地点だ。
 バス社内の空間線量は「73.2マイクロシーベルト/毎時」

 駐車場の端に、消防車が10台ほど停まっている。注水ポンプが緊急停止したときなどに、注水車として使用するために待機しているという。
 昨年9月、構内周辺取材をした際、サービスホールの脇の駐車場に、震災直後のアメリカやドイツから支援として送られた注水車が停められていた。事故直後に注水用の消防車が手配できずに海外からの支援を受けたが、そのすぐ後、国内の消防車を待機させられるようになり、そのまま待機しているという。

 正確には駐車場内を少しだけ移動するのだが、この免震重要棟前の駐車場で、構内移動用のバスに乗り換える。
 今度こそ、右側の窓側の席を確保したい。というのは、ルートマップを見れば分かるように、今回のルートは右回りだ。右側に原子炉やタービンの建屋をのぞみながらバスが進行する。よく見える場所は右側となる。カメラマンには優先的にその位置を譲るとして、記者として空いている部分は出来るだけ右側を確保したい。運良く、10列中、後ろから3列目の右側の席を確保できた。しかも、再び、寺澤氏が隣りの席に座った(偶然である)。なかなか良いポジションをキープできた。

 免震重要棟の建物の前に鉄パイプなどで簡易的な屋根が作られ、その下のコンクリートが鉄板で覆われている。
 寺澤氏の解説によると、免震重要棟前の駐車場は、地表がかなり放射性物質で汚染され、空間線量が高い地点となっている。原子炉の爆発時に、かなりの放射性物質が飛び散って、この駐車場に降り積もったのだろう。とくにセシウムなどはコンクリートやそのすぐ下の地表に溜まりやすいようで、コンクリートを全面的に剥がし、新たにコンクリートやその下の土を敷き詰め換えないと線量は低くならないらしいが、そんな大規模な工事をやっている余裕がないため、重要な物質部室を浴びないよう、簡易的な屋根を設置しているらしい。


■免震重要棟から4号機まで

[10:35]
 構内移動用のバスが出発した。ここからが本格的な構内取材だ。
 「構内取材ルートマップ」紫2の地点、「炉注水ポンプ」「バッファタンク」を通過。1号機から3号機までの原子炉に水を供給しているポンプと、その水を溜めておくタンクだ。3つのタンクがあり、常に2台のポンプが稼働して注水している。この先から、約直径15〜20センチ程度のホース数本が、原子炉まで続いている。
 事故以前の原発施設なら、原子炉のすぐ近くにポンプとタンクを備え付けておくのだが、津波の影響で原子炉前にあった施設は使えなくなっている。ここから一番遠い3号機の原子炉までは、直線距離で約500mある。この数百メートルの距離を、細くて頼りない配管だけで「命の水」を供給しているのだ。何度も何度も「汚染水が漏れた」というニュースがあるが、この設備を見れば、汚染水が漏れても仕方ないと思わざるを得ない。
 いま仮に、大規模な地震や津波があれば、この配管はすぐに切れてしまうだろう。津波なら間違いなく流される。そうなれば、原子炉は再び注水が出来なくなり空焚きになる。現状が「安定」しているとはいえ、いつ不安定な状態になってもおかしくない。原子炉に到着する前に、まざまざと実感させられる。
 ここでの車内空間線量は「93マイクロシーベルト/毎時」。
 ここまでが、海よりもやや高台になっている。ここから緩やかに坂を下っていくと、いよいよ1号機から4号機の原子炉に近づいていく。

[10:38分]
 坂を降りバスがカーブを曲がると、1号機から4号機タービン建屋の海側をバスが通り抜けていく。
 右手にいくつかの建物、左手にも建物が並び、そのむこうに海が見える。正直言って、近すぎてもっとゆっくり走ってくれないと、それぞれの建物がよくわからない。
 ここに来て、僕はある事に気がついた。そこは、この1年半、福島に限らず、東北の沿岸部で嫌となるほど見せられて来た、いまでも各地で見られる「津波被災地」の風景だった。建物は壁が崩れ、赤く錆びた鉄骨がむき出しになっている。車が転がり、津波で流された瓦礫が散乱している。そして、それらが適当に端に寄せられ、何となく集められて放置されている。向きをかえて海側を見れば、むき出しの海岸線に、福島の沿岸らしい高くて力強い波しぶきが立っているのが見える。ここは、まさに津波に襲われた東北の沿岸地域そのものだった。
 僕は、原子炉の目の前にいながら、すぐ目の前を時速10〜15キロくらいで通り過ぎていく大きな建物(タービン建屋)に何かを感じるよりも、この場所が津波の被災地である事に改めて感じさせられるものがあった。

 次々と車内空間線量が読み上げられていく。
「1号機タービン建屋海側、350マイクロシーベルト/毎時」
「2号機タービン建屋海側、120マイクロシーベルト/毎時」
「3号機タービン建屋海側、450マイクロシーベルト/毎時」
「4号機タービン建屋海側、200マイクロシーベルト/毎時」

 外では、作業員達が淡々と作業をしている。一人の作業員がこちらを見ていた。これまで1Fの作業員の方から直接話を聞いた際、こうした報道陣の取材に対し、現場では冷ややかに見ているという話を聞いた事があるが、いまの作業員の人たちの気持ちをぜひ聞いてみたい。しかし、ここで作業員に話しかけるのは禁止されている……。

 タービン建屋や原子炉建屋の出入り口のシャッターが、津波で壊されている。このシャッターは撮影をしないでほしいと東電から事前に厳重に説明されていた。防犯上の理由という。こんなものを公開しても対して問題はないと思うが、たしかに建屋の入り口がむき出しになっている姿は、仮にテロでも起こして建屋に侵入する事を考える人がいれば、格好の侵入ポイントなんだろう……って、やっぱり撮影禁止にする意味が今ひとつ、よくわからなかった。

 建家の前を通り過ぎて、バスは山側に向かおうとしている。目の前に高台になっている場所の草木が見える。津波の被災地に来れば、こうした山や高台の草木を見ると、津波がどの高さまで来たかよく分かる。草木が枯れてしまった茶色い部分と、その上の緑が生い茂っている線上が、津波到達ラインだ。この原子炉らが、約20メートルの津波に襲われた事を示している。


■4号機原子炉建屋前(山側)で降車する

[10:45]
 「構内取材ルートマップ」紫3の地点、4号機の原子炉建屋の山側に到着した。
 ここで、バスを降りて原子炉建屋の作業風景を撮影する事が出来る。
 靴には2重のビニール履きを履いている。少し滑りやすいので、気をつけて歩かなくては。また、東電社員から「降車した際、水たまりがあったら絶対に水たまりに入らない事」と注意を受ける。線量が高い可能性があるという。

 4号機の原子炉建屋の3階部分、分厚い壁が水素爆発の影響で破壊されている。その壁面で、クレーンの先に乗せられた作業員が4人ほど作業している。4号機の使用済みプールのすぐ脇だ。4号機で問題になっているのは、確かこのプール。この作業者達は、錆びた鉄筋を撤去する作業をしているという。壁が崩れむき出しになり、鉄筋が錆びている建家。これから原子炉が廃炉になるまで何十年もかかる。基本的には、この建屋をメンテナンスしながらそのまま使用するはずだ。素人考えかもしれないが、建物の強度に不安を感じる。

 降車して、同行している東電の技術者を見つけた。彼に、いま見える範囲の作業員達にとっての、今日の作業の最大のポイントを聞いた。4号機の山側に、4号機をカバーで覆うために作業施設を作ることになっているが、まずはそのための基礎工事として、地盤を固めたり、その建物の支柱が入る掘削作業をしているという。たしかに、掘削機のような重機がある。
 重機と言えば、やはりクレーン車などの巨大な重機が何台も、何十台も見える。廃墟的空間でもありながら、これから新たな建築が始まる建設現場のようでもあり、不思議な空間に感じる。
 昨年秋、ここから15キロも離れた浪江町の山から、望遠レンズで1Fをのぞき、無数のクレーンが立っている様子をカメラで撮影した。その写真はいくつかの媒体で使われたが、クレーンで作業している様子は、原発事故の一つの象徴的な風景だ。そのクレーンが目の前にあるというのも、不思議な感覚を抱かせる。

 黄色い大きな物体が2つ見える。すでに何度も公開されて写真で見ているが、これが「圧力容器の蓋」と「格納容器の蓋」だ。10メートルほど手前までしか近寄る事が許されていないが、近づけばかなりの高線量だという。原子炉がいかに大きなものかを実感させられる。
 しかし、全体としては4号機の山側は、瓦礫などはキレイに撤去されている。

 同行記者達の線量計を複数見せてもらったが、おおよそこの4号機原子炉建屋山側の車外の空間線量は、30〜110マイクロシーベルト/毎時といった感じだった。確かに一般的には高いが、原子炉建屋から20〜30メートルという近さを考えれば、それほど高い値ではないと言える。警戒区域内では、ここから数キロも離れた地点でさえ、この程度の高線量のホットスポットがあるからだ。
 同行している東電社員に聞いたところ、3か月〜半年ほど前には、同じ地点で200マイクロシーベルト/毎時以上を計測する事も珍しくなかったという事なので、線量としてはかなり落ち着き始めていると言えるだろう。

 放置されている重機がある。その荷台に作業員が乗っている。僕もその荷台に乗ってみた。前述したように作業員に話しかけるのは禁止されている。あまり無茶をすると、「その場で取材中止」と言われているので、話しかけるのは控えておいた。が、この1メートル程度の荷台に乗ったら、3号機の建屋の上部が見えた。地面からでは微かにしか見えなかったが、この荷台に乗ると、上部の数メートル部分が見える。むき出しの瓦礫の山だ。これは酷い。これまでも映像では見ていたが、爆発直後から、あまり進展していないように見える。もっとも、外部が酷く見えるからと言って、原子炉の状態が直結するとは限らない。が、それにしても3号機の上部は酷い有様だ。

 あまり荷台で長居をすると東電社員に怒られそうなので、そうそうに下に降りた。
 3号機をよく見ると、クレーン車から原子炉の中心部に向かって、何かが釣り降ろされている。瓦礫撤去かなにかの作業だと思ったが、寺澤氏に聞くと、この日、建屋の様子をモニターするために、カメラなどを使用済み燃料プールに入れていたという。それが、クレーン車で吊されていたものだった。
 また、3号機は高い放射線量の瓦礫がまだまだ撤去しきれていないため、人間が建屋上部に近づく事が出来ない。3号機の作業の目処は、どうなっているのだろうか……。

1V0A8423.jpg
写真提供:尾崎孝史


[11:02]
 10分という約束の降車取材だったが、若干オーバーして取材をしていたようだ。
 再びバスに乗り込む際、2重にしていた靴のビニール履きを1枚脱がさせられた。バスの中に放射性物質が入り込まないための対応だ。

 車内の空間線量は「120マイクロシーベルト/毎時」。

 これから、一旦、山側に登って「構内取材ルートマップ」紫4の地点「地下水バイパス試験井戸」に移動する。
 地下バイパス試験井戸も、十分に重要な施設だろうが、ここで誤摩化されちゃいけない。その後に1〜2号機の山側に戻るのに、なぜ一度山側に登るか……。要するに、3号機の山側の目の前は、高線量の瓦礫などが散乱し、線量的にも非常に高いためバスを近づける事が出来ない……否、本当は近寄らせる事も、やる気になれば可能だろうが、近寄らせたくないという東電の意思がハッキリとわかる。実際、降車して4号機について説明を受けたが、微かに見える3号機の説明は殆どしなかった。

[11:09]
 バスが高台を登る。時おり、窓から3号機の建屋が見え、瓦礫が散乱している建屋上部がチラチラと見える。9月22日、この3号機の瓦礫の鉄骨が使用済み燃料プールに落ちて、ちょっとした事故になった。大きな報道で話題にもなっていた。そのため、3号機の事故収束作業は全面的にストップした状態になっていたが、この日の2日前の10月10日、再び作業再開の許可が政府から認められたばかりだった。
 作業はまだ再開されておらず、先ほど見たクレーンからのモニターは、中の様子を慎重に確認するための作業だったようだ。
 この間に、同行する複数の東電社員から、作業が遅れている3号機について、瓦礫撤去の進行の目処を聞いてみた。皆、正式にはまだ決まっていないと答えるだけだったが、一人だけ私見として「全く目処が立たない。どんなに早くても後半年はかかるだろう」と証言してくれた。やはり、3号機は、原子炉の状況が仮に安定していたとしても、事故収束作業としては、深刻な状態にあると言えるのではないだろうか。
 ほかの記者たちは、ICレコーダーやビデオカメラに4号機についての感想を述べている。4号機の不安定さが指摘され続けているからだろう。しかし、自分の目で見た印象としては、3号機の方が圧倒的に不安にさせられる。これは、僕が不勉強すぎて、皆よりおかしい感覚なのだろうか……。

 寺澤氏に「3号機はやはり酷い状況だと思う。こうした状況を踏まえて、昨年12月16日に野田首相が発表した『事故収束宣言』について、改めて感想を聞かせてほしい」と聞いた。

「政府は『事故収束』と明言していましたっけ? 我々としては、一度も『収束』と言ってはおりません。あくまでも『冷温停止状態』という状況を説明しているだけ。この冷温というのも、要するに水が沸騰していない状態になっているというだけで、決して安心できる状況というつもりもない」

 相変わらず寺澤氏らしいスッ惚け方だ。政府は昨年12月、工程表のステップ2が完了したことを宣言した。野田首相も「発電所の事故そのものは収束に至ったと判断される」と踏むこんで発言している。その上で寺澤氏は「工程表のステップは、あくまでも、その時点で計画をしたもので、本来は適宜、作り直されるべきだと思う。そんなに単純に作業が予定通り進むはずがない。作業が早く済む事もあり得るし、工程表にしばられるべきじゃないと思います」と、少し本音も話してくれた。


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渡部真 わたべ・まこと
1967年、東京都生まれ。広告制作会社を経て、フリーランス編集者・ライターとなる。下町文化、映画、教育問題など、幅広い分野で取材を続け、編集中心に、執筆、撮影、デザインとプリプレス全般において様々な活動を展開。東日本大震災以降、東北各地で取材活動を続けている。
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