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3.11取材報告:石のスープ

フリーランスのライターやジャーナリストがお届けする有料メールマガジン「石のスープ」。東日本大震災の取材報告を中心に、バラバラのフリーランサー達が集まって一つの媒体と作ると、どんな味に仕上がるでしょうか……

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渋井哲也【“一歩前”でも届かない】vol.10「震災関連自殺とストレス」 



石のスープ
定期号[2013年1月31日号/通巻No.66]

今号の執筆担当:渋井哲也




■精神科の空白地帯・相馬市の“ホットスポット”で起きた自殺

 2011年6月、福島県相馬市玉野の酪農家の男性(55歳)が自殺しました。自殺をした場所である牛舎には遺書と思われるものがあり、酪農家の仲間に対して次のように書かれていました。

 「原発さえなければと思います。残った酪農家は原発にまけないで頑張って下さい。先立つ不幸を」
 「仕事をする気力をなくしました」

[参考]朝日新聞 2011年6月20日
「新築の壁に残した無念 福島・酪農家の男性自殺」
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201106190452.html
 
shibu130102.jpg
自殺した男性が残した言葉

 
 「私に連絡があったのは次の日。知人の酪農家から聞いたんです。最初は“まさか”と思ったんです。信じられませんでした」
 以前から交流のあった知人で同県飯館村の酪農家、長谷川健一さん(59歳)=伊達市の仮設住宅に避難=の言葉です。遺体と対面した長谷川さんは事実を受け止めるしかなかったと言います。
 「彼にもいろんな事情があっただろうが、一番の原因になったのは原発事故。それがなければ、自殺をしなかったと思う。当時は乳牛の出荷制限がかかっていましたから」

 相馬市は事故のあった東京電力・福島第一原発と隣接地域ではありません。市役所のある市街地は、福島第一原発から約40キロの距離にあり、緊急時避難準備区域に設定された30キロよりも外側にあたります。震災直後には心配した市民も多かったのですが、震災から3か月が経った6月には、市街地では、空間線量は1時間あたり1マイクロシーベルトを超える地域は見当たりませんでした。
 しかし、男性が自殺した玉野地区は例外でした。市街地よりも内陸にあり、福島第一原発からさらに離れているのに、比較的高い空間線量が検出されていたのです。同地区の北側は、線量が高いとされる宮城県南部の丸森町であり、南側は計画的避難地域に指定された飯館村がある。やはり、線量が高い伊達市霊山のすぐ近くです。福島第一原発から北西方向に風邪が吹いていたために、飯館村は線量が高くなりますが、その延長上にあります。

 そのため、相馬市の空間線量メッシュ調査(500メートル)でも、4月頃ですが、場所によっては1時間あたり2マイクロシーベルトを超えていました。1年後でも1時間あたり2マイクロシーベルトを超えるエリアもあるのです。「今後は酪農が出来なくなるのではないか」と地域の人達が心配する地域と言えます。
 その上、ここは福島第一原発から30キロ圏外であるために、東電の補償対象から外されています。絶望的に思ってしまいかねない地域だったのです。

[参考]Google MAP 相馬市玉野地区
http://goo.gl/yBc7E

[参考]相馬市の空間線量のメッシュ調査
http://www.city.soma.fukushima.jp/0311_jishin/mesh_2012.html

 ちなみに、私が12月に、亡くなった牛舎を訪れた際は、牛舎自体は一時間あたり0.2マイクロシーベルトを超えない状況でした。

 一方、相馬市には、特別な事情がありました。明治時代の話ですが、「相馬事件」と呼ばれる事件ががあり、精神科の空白地帯と言われている背景があったのです。

 1879年、旧中村藩(現在の相馬市)藩主・相馬誠胤(もとたね)は、統合失調症と思われる症状が悪化したため、家族が宮内省に自宅監禁を申し入れました。その後、自宅で監禁され、現在の精神科に相当する癲狂院に入院するのです。この一件が陰謀ではないかとの問題となり、旧藩士・錦織剛清などが告発して、この問題が表面化。1887年、錦織が誠胤を連れ出そうとし、錦織は家宅侵入罪で有罪判決(重禁固1年)を受けました。
 この事件がきっかけとなり、1900年、精神病者監護法ができました。これにより、精神病者の隔離政策が始まったのです。

 この事件の影響で、相馬市には精神科医が長い間いませんでした。事件が与えた混乱によって、相馬市では、かえって精神病に対して誤った認識も広がり、精神科への敷居が高くなったというのです。
 相馬市内に住んでいるある男性は「子どもの頃は、あまりうるさいと緑の救急車を呼ぶよ」と言われていたそうです。その「緑の救急車」は、精神科救急の救急車をイメージしていると思われます。この「緑の救急車」のような話は全国でもあります。「黄色い救急車」という場合もあります。ちなみに、「緑の救急車」は実在するそうで、陸上自衛隊、海上自衛隊の救急車が緑のようです。しかし、精神科専用の救急車ということはありません。
 また、この男性によると、「洞穴に閉じ込めちゃうぞ」とも言われていたそうです。これは相馬事件での「監禁」を連想するものではないかとも考えられますが、確証はありません。ただ、精神科のイメージが、こうした都市伝説のようなものと同じように伝わっていたことは考えられます。

 こうした相馬市は精神科の「空白地帯」となり、精神科の患者さんは南相馬市の病院に通うことになったそうです。
 
shibu130101.jpg
自殺した男性は、牛舎の壁や黒板に、いくつもの言葉を残して自殺した



※この後の記事(小見出しのみ紹介)
■自殺がタブーではなくなってきてる?
■震災後は自殺者が減っている!!
■震災体験を話す事ができない人もいる
■私自身の震災によるストレス

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渋井哲也 しぶい・てつや
1969年、栃木県生まれ。長野日報社記者を経てフリーライター。自殺やメンタルヘルスやネット・コミュニケーション等に関心がある。阪神淡路大震災以来の震災取材。著書に「自殺を防ぐためのいくつかの手がかり」(河出書房新社)など。
[Twitter] @shibutetu
[ブログ] てっちゃんの生きづらさオンライン



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