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3.11取材報告:石のスープ

フリーランスのライターやジャーナリストがお届けする有料メールマガジン「石のスープ」。東日本大震災の取材報告を中心に、バラバラのフリーランサー達が集まって一つの媒体と作ると、どんな味に仕上がるでしょうか……

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渡部真【勝手気ままに】vol.5「本当に想定外だったのか!?」その2《無料公開中》 



週刊 石のスープ
増刊号[2012年1月31日号/通巻No.25]

今号の執筆担当:渡部真




 有料メルマガとして発行している「週刊 石のスープ」ですが、今号は特別増刊号として、記事を公開します。
 1月26日号の続きとなります。

 2011年4月1日に宮城県石巻市を訪れた僕は、それから南三陸町、気仙沼市、岩手県陸前高田市と北上し続けました。三陸の沿岸部に沿って国道45号線を北上して行くうちに、「津波浸水想定区域」という看板を何度も見ることになるのですが、その津波想定通りに被害があることに気がつきました。

「津波被害をちゃんと想定していたってことなのか!?」

 そこまでが前号まで。今回はその続き──

*  *  *  *  *  *  *

■看板が示す「津波浸水想定」は誰が作ったのか?

 国道45号線沿いに建てられた「津波浸水想定区域」の看板は「これより先」と「ここまで」で結ばれている。その看板の内側と外側では、津波の被害が全く異なっていた。
 例えば、陸前高田市の市街地を例に見ていよう。まずは、市街地を走る国道45号線の北側に立てられている看板。

DSC_7603.jpg
[写真1]「これより先」の看板(4月20日)


 「ここから先 津波浸水想定区域」と書かれた看板の奥を見ると広大な市街地が津波に襲われたことをうかがわせる。市街地は、鉄筋の高い建物以外は、建物が残っていない。

DSC_7947.jpg
[写真2]「ここまで」の看板(4月20日)


 写真1を反対側から撮ると、写真2の看板になる。すぐ横が畑になっているが、この畑は水がかぶったものの、奥の住宅地、左側の石材店に大きな津波被害はなかった(石材店は地震の被害が深刻だったらしい)。

 4月末までの時点で、僕が確認できた看板は、全部で13か所。そのうち、津波被害が看板を大きく超えていたのは2か所だけ。つまり、11か所は「想定内」だったということになる。
 なお、前号で書いたように、国道45号線は津波被害が大きく、通行止めになっているエリアもあった。そうしたエリアは宮城県石巻市から岩手県宮古市までの間で、5〜6か所あったため、そのエリアは確認できていない。

 この「津波浸水想定区域」を作った人もしくは組織は、どうやって津波被害を想定したのか? もしこの想定が住民に徹底されていたら、被害はもっと小さいものになっていたのではないか?
 当然そう考え『週刊SPA!』(4月19日号)に記事を書いた。
(中略)
 当時の取材メモを基に、改めてこのことを書いてみたい。

 この看板を設置したのは、国土交通省の出先機関である三陸国道事務所だ。2004年から2007年にかけて、国道45号線沿線で、岩手県に14か所、宮城県に13か所、それぞれ設置している(各地、起点と終点があるため、看板の数は合計54枚となる)。
 三陸国道事務所に聞いたところによると、各市町村が作っている津波ハザードマップに基づき、その数メートル外側に設置したという。

 そこで次に、各市町村の津波ハザードマップを調べてみた。すると、各地のハザードマップで設定されている津波浸水の想定が、びっくりするほど今回の津波浸水地域に当てはまる。たしかに、南三陸町の市街地(志津川)など、被害が浸水エリアが超えているところもあるが、多くの場所は津波被害がハザードパップで示した範囲を大きく超えていることはない。
 2000年に内閣府の地震調査推進研究本部(現在は文部科学省に継承)が、算定した地震・津波予測を受ける形で、2002年から2004年、岩手県と宮城県の各市町村で津波ハザードマップが作成された。基本的には、この時に作られたハザードマップが、東日本大震災の直前まで、各市町村の防災の基礎となっていた(一部、部分的に修正している市町村もある)。

 多くの地域でハザードマップが津波浸水を想定していたのに、なぜこれほど大きな被害となってしまったのだろうか……。


■ハザードマップに生かされなかった「防災大綱」

 一つは、ハザードマップというよりも、そもそも国が2000年に示した地震・津波予測が甘かったということがある。
 国の中央防災会議は、2008年に「防災大綱」を作成し、それまでの地震や津波の予測を大幅に修正した。この防災大綱は、とくに東北地方の津波対策について、更に強化が必要であるということが明記している。この防災大綱を基準にして、各市町村にはそれまでの想定を修正するように指示が出された。といっても、中央防災会議が各市町村に直接指示をした訳ではない。

 中央防災会議に取材したところ、各県と消防庁に対して、A4サイズで1枚の通達を1度だけ送ったということだった。さらに、岩手県と宮城県では、その通達通り、各市町村に指示を出したということだった。いかにもお役所仕事だ。
 しかしながら、2008年から東日本大震災まで3年以上経っているのに、各市町村では防災大綱を前提に津波ハザードマップが修正された様子が見られない。どういうことだろうか?

中央防災会議「2008年に各県と消防庁に通達を送った。2012年が防災大綱の見直し時期なので、2011年度(4月以降)に各地の状況を調査する予定だった。調査時期は未定のまま震災となった」

宮城県「今年度中にフォローアップするため、各市町村に確認し、必要に応じながら、消防や警察と連携しながら、ハザードマップを含め防災対策を検討し直す予定だった」

石巻市「今年度中に修正を検討しようとしていたが、具体的には何も決まっていなかった」

 県・市町村については、岩手県、気仙沼市、南三陸市、陸前高田市、釜石市にも聞いたが、同じような回答だった。国の中央防災会議から、基礎自治体の市町村にいたるまで、共通するのは
「地震は対策していたが、津波については2011年度中に、何らかの対策を検討(および実態調査・フォローアップ)する予定だったが、この3年間はとくに対策していない。今年、予定していたが、その前に震災になったので、今はそれどころではない」
という主旨のことだった。

 例えば釜石市などは、防災大綱を受けて、2009年から防災のための予算を編成している。その結果、学校教育の中で津波教育を徹底させることになり、それが「釜石の奇跡」と言われる結果となった。当メールマガジンでも、何度か触れてきたと思うが、釜石東中学などには継続的に取材をさせてもらっていて、そうした津波教育の成果については、いずれ改めて発表する機会を設けたいと思っている。
 各市町村とも、釜石市と同じように防災大綱を受けて、防災に関する政策は実現していることは間違いないだろう。とくに地震対策については、ある程度は進めてきたと各市町村とも言う。しかし、防災大綱では、地震だけでなく、それまでの津波対策を再検討すべきと警告している。それにも関わらず、防災訓練や防災対策の指針となる津波ハザードマップを全面的に修正することはなかったのだ。


■「まさか、ここまで津波が来るなんて」

 もう一つは、自治体も住民も、津波ハザードマップが徹底されていなかったことだ。
 「津波浸水想定区域」の看板のことについて、宮城県のいくつかの地域で、看板の周辺住民に聞いてみた。看板についてちゃんと認識していたのは半数程度で、車を運転するためか、特に男性が多かった。しかし、その多くの人が、「看板の存在は知ってたけど、津波浸水についてのちゃんと理解してなかった」「まさか本当にここまで津波が来るなんて思ってもみなかった」と言う。お年寄りの中には、ハザードマップの存在を知っていて津波の意識をしている人もいたが、多くの人は知らないか、知っていても信じていなかった。
 この看板が設置されているのは、かなりの高台だったり、沿岸からとても離れていたりするため、昭和三陸地震(1933年)を体験していなければ、仕方がないかもしれない。

 この件で市町村の取材をしたのは、東日本大震災からちょうど1カ月目の頃だったため、まだまだ各市町村も混乱していて、十分には取材できなかったのだが、ちょっと驚いたのは、多くの市町村では、防災大綱の見直し時期(2012年)までに、何らか検討を始めておけばいいと思っていたことだ。いくつもの市町村で「2011年度中に検討を始めておく予定だったが、予算の関係上、特に具体的な計画はない」という主旨の回答をえた。つまり、防災大綱が出たからといって、すぐに防災計画を大幅に見直すことなどするつもりがなかったのだ。
 津波ハザードマップの作成に大きな予算が必要になることも背景にある。専門の民間企業に依頼して作成されるらしいが、地域によってバラバラながら、一つのハザードマップを作るのに数千万円もかかるともいう。気仙沼など沿岸エリアが広い地域は、高額の予算が必要になる。しかし、震災前から予算が逼迫していた市町村が多く、防災大綱が出されたからと言ってすぐに十分な対応が出来なかったというのだ。

 だったら、各県、あるいは国がそうした実態をつぶさに監視し、必要に応じて財政補助をすればいいと思うが、各県、あるいは防災会議に関する省庁とも、とくに積極的に動いた様子は見られない。


■「何でもかんでも国がやってくれるなんて思わない方がいい」

 東北取材から東京に戻った僕は、4月8日、中央防災会議のメンバーで、地方行政・消防庁を管理する片山善博総務大臣(当時)にこうした疑問をぶつけてみた。

DSC_5759-2.jpg
[写真4]回答する片山総務大臣(当時)


「各地方自治体が作る詳細な防災計画について、国があまり口を出すべきではないと考えています。防災対策は、県が一番中心になるべき存在。常日頃、防災計画の点検は必要だが、国が示すことではない。自分が鳥取県知事に就任して、すぐに防災計画の見直しを着手した。就任して1年半頃にようやく体制が整ったが、数カ月後に鳥取に大地震があった(鳥取県西部地震/マグニチュード7.3、震度6強)。見直しをしていてよかったなと思った。各県とも、そういう心がけが必要だが、何でもかんでも国が地域の防災計画を作ってくれるなんて思わない方がいい」

 片山大臣が知事時代の成功例をやたらと記者に語りたがるのはお馴染みだが、それを県に伝えていなければ意味がない。改めて、県と国のあり方を聞いた。

筆者「県で主導してハザードマップを作っているところと、市町村がハザードマップを作って、それを県が集約しているところと、県によって対応がバラバラだが、国として、具体的にこうすべきだと方針を示すことはないのか?」

片山大臣「気が付いたことは言いますけれどもね。霞が関のお役所が、全国の地域のことに詳しいかと言うと、必ずしもそうでもない。一番地域のことに詳しいのは、地域の皆さん。今回の震災でも、三陸沖地震のときにここまで来たとか、チリ地震のときにここまできたとか、土地の古老の皆さんの言い伝えとか、石碑とか、古文書に書いてあったとか、実は、そういうことがすごく貴重なもの。そんなことは、やはり地域の皆さんが詳しい。それぞれの地域性、地勢、歴史、そういうものを踏まえて、自治体が地域の安全を守るための計画を作って、それを県が束ねるというのが望ましいと思う。国がやるのは、そこに地震や津波の科学的知見などを加味して助言をすることです」

 それまでの取材で、各県がこの3年間、積極的に動かいたように見えないから質問したのだが、片山大臣は、「今は震災直後で各県、各市町村も混乱しており、これまでの具体的な動きは把握していない」という。そもそも、地方が自由にできる財政がないために、ハザードマップさせ書き換えられなかったというのに、地方分権をかざした民主党政権の担当大臣の発言とは思えない。何とも他人事のような発言だが、「津波浸水想定浸水区域」を設置した国土交通省など、中央防災会議のメンバーになっているいくつかの省庁の官僚に聞いても同じような暢気な回答しか帰って来なかった。
 地方と国の関係上、中央の大臣や官僚などの意識としては、予想通りの回答だった。日本の行政組織が制度疲労している一面を、またも見ることになった。

■「想定外」は虚しい言い訳

 いずれにしても、防災大綱前に作られた津波ハザードマップは、その多くの場所で東日本大震災の津波予想を当てていた。実際には、看板のやや内側が想定区域なので、数メートルは外れていたかもしれないが、それでも住宅が全壊するような津波被害は、その多くが想定区域の内側だった。

 三陸地方では、津波や地震の防災訓練をしたり、宮古市や釜石市のような強固な防潮堤を作るなど、たしかに防災対策は行ってきていた。しかし、それを前提とした津波ハザードマップが示す津波浸水地域に、多くの住民の生活基盤エリアがあれば、大きな被害が出るのは当然の結果だ。
 例えば、役場、警察署、消防、防災センター、学校など、なぜ津波浸水が想定される場所に建てられていたのか? 大きな箱ものをすぐに移転するわけにはいかないのは理解できる。しかし、2008年の防災大綱は、わざわざ東北地方の津波想定が甘いことを指摘していたい。にも拘らず、具体的な津波対策がとられなかった。

 要するに、津波想定を甘く見積もっていただけだ。これでは、「想定外」「千年に一度の大津波」などと言い訳は虚しいばかり。

DSC_4923.jpg
[写真5]三陸町/防災対策庁舎(4月2日)


(中略)
 東京電力福島第一原発についても、震災直後は「想定外」という言い訳がまかり通っていた。しかし、徐々にその嘘が暴かれて、「想定外」ではなく、「あえて想定しなかった」「想定すべきという指摘を無視してきた」という実態が明らかになってきている。

 数十年、数百年に一度の大震災に対して、人間が完全にコントロールすることは出来ないだろう。自然の力に対して、人間は抵抗しきれない。それは仕方がないことだ。しかし、知識や知恵によって被害を小さくすることは出来る。それをするのが政治や行政の大きな役割だ。
 これまでの「想定」については、今後の検証によって、さらに明らかになってくるだろう。そのなかでどんな言い訳をしようとも、政治や行政の責任が大きいことは間違いがない。

*  *  *  *  *  *  *


 ここまでが、昨年4月の取材メモを使って、改めて書き起こした原稿だ。

 実は、今年3月の発行を目指して、次の本の制作に入っている。MOOK形式の本になるが、フリーライターの渋井哲也さん、医療ジャーナリストの村上一巳さんとの共著になる。今回も、東日本大震災のルポ集となる。たぶん、3人で4〜50本のルポを書くことになるだろう。
 そのなかの1本に、この「津波浸水想定区域」について、追加取材をして書き加えたいと考えている。まだ記事が採用されるか決まっていないが、そのために書き起こしてみた。

 本については改めてお知らせしたいと思うので、出版された際には、ぜひよろしくお願いします。

*  *  *  *  *  *  *


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 渋井と渡部は、それぞれ2本のルポを書いています。また、全体の構成や編集も担当。



渡部真 わたべ・まこと
1967年、東京都生まれ。広告制作会社を経て、フリーランス編集者・ライターとなる。下町文化、映画、教育問題など、幅広い分野で取材を続け、編集中心に、執筆、撮影、デザインとプリプレス全般において様々な活動を展開。東日本大震災以降、東北各地で取材活動を続けている。
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category: 渡部記事

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渡部真【勝手気ままに】vol.4「本当に想定外だったのか!?」その1 



週刊 石のスープ
定期号[2012年1月26日号/通巻No.24]

今号の執筆担当:渡部真




■三陸地域の被害を見たときの驚き

 2011年3月11日以降、原子力安全・保安院と東京電力本社の記者会見に参加したり、厚生労働省に取材したりしながら、その時に抱えていた仕事を仕上げて、ようやく16日から本格的に被災地の取材を始めた事は、以前書いたと思う。

(中略)

 さて、水戸から始まった取材は、宮城県仙台市、名取市、亘理町、七ヶ浜町、多賀城市、利府町、福島県相馬市、南相馬市など、何度かに分けて取材しているうちに、あっという間に3月が終わってしまった。ちょうど、今回の震災で津波被害が大きかった東北3県の半分から南側の沿岸地域を中心に取材をした事になる。

 この段階で僕は、相馬市、南相馬市、仙台市、七ヶ浜町、それにいわき市などを今後の取材の中心にしようと考えていた。本来のフィールドワークである学校や教育現場を継続取材したい考えていて、そのうちいくつかは目星がついたところだった。今後のことを考えたら、あまり取材範囲を広げると大変になるし、時間的にも予算的にも、北に行けば行くほど負担が大きくなる。
 それに、相馬市や仙台市で津波被害の悲惨な状況は十分に見たつもりだったので、北に向かう事に、あまり興味がわかなかった。
 この頃は、ほとんどフリーランスライターの渋井哲也さんと二人で動いていたので、
「とりあえず、石巻には行くけど、それより北方面については、渋井さんの意思に任せるよ。『運転手として連れていけ』と言われれば、4月一杯は付き合うけど、基本的に僕は、仙台や七ヶ浜以南を中心に取材を続けるつもり」
と渋井さんに伝えた。

 3月31日、僕らは相馬市や浪江町にいた。浪江町は、警戒区域内(当時は避難指示区域)内で牛のエサやりを続けているエム牧場に行き始めた頃。相馬市は、磯部中学校の生徒たちが集団で避難している避難所に何度か行き、僕の顔を覚えてくれた子が何人かできた頃だった。そのまま相馬や浪江にとどまって継続取材したいと思ったのが本音だった。だから、渋井さんから
「石巻市の被害は大きいというし、行くべきだと思う」
と誘われなければ、その時は宮城県石巻市に移動することすらなかったかもしれない。

 とにかく、4月1日、石巻市に向かった。

※この後の記事(小見出しのみ紹介)
■三陸地域を南北に走る国道45号線

【おまけコーナー】ジャーナリズムとは何か
■僕はジャーナリストではない
■明確な答えを出せないまま過ごした1年


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渋井哲也【“一歩前”でも届かない】vol.4「初めて見た津波被害の大きさ」 



週刊 石のスープ
定期号[2012年1月19日号/通巻No.23]

今号の執筆担当:渋井哲也




 昨年の震災直後から精力的に被災した各地を取材している渋井哲也さん。3月15日に電車で宇都宮に行き、翌16日に車で水戸を取材しました。さらに19日、津波被害で死傷者の出た千葉県旭市で取材をしたそうです。
 引きつづき、当時の取材について振り返ってもらいました。

*  *  *  *  *  *


■旭市は震災直後、東京から電車で行ける津波被災地だった

 2011年3月19日。私は、関東で唯一、津波による死亡者(死者13人)が出た千葉県旭市飯岡地区に行くことにした。
 前回の記事(2011年12月1日号)で取り上げた上野〜宇都宮間と同様に、東京駅からすでに電車が運行可能な状態だった。そこで、JR総武本線の旭駅まで電車で行くことにした。茨城県のJR水戸駅まではまだ開通していない時期だったため、東京圏からは唯一、電車で行ける津波被害の地域が旭市だったということになる。
 この日は、社会福祉の業界紙「福祉新聞」の記者と同行していた。

 旭市は、銚子市の手間に位置している。犬吠埼の西側であり、地形としては、ややくぼんでいる。その辺りに飯岡漁港がある。この漁港には、少しだけ縁があった。新宿ゴールデン街でバーのオーナーをしている知人の父親が所有する漁船があったが、津波によって陸に揚げられたという。私が行った19日にも、何隻も漁船が陸に打ち上げられているのを目撃した。

 JR旭駅に着く。電気も普通に通っているし、地震被害があるようにも見えない。小さな駅改札口を抜けると、そこには小さめのロータリーがあり、タクシーが並んでいた。特に「被災地」という印象はない。電車の利用者も「被災」しているイメージがまったくない。駅前は通常の生活そのままだった。
 駅から津波被害のある飯岡地区は遠いのだろうか。タクシーに乗って、運転手に聞くことにする。地元のタクシーなら、どこが被災地か一度くらいは見ているはずだ、と思ったのだ。


※この後の記事(小見出しのみ紹介)
■津波被害の現場を初めて目撃する
■サポートする側のサポートは?
■絆というけれど
●○●○● 最近の被災地 ○●○●○



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■渋井哲也 web連載
「東日本大震災ルポ・被災地を歩く」

ビジネスメディア「誠」
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渋井哲也 しぶい・てつや
1969年、栃木県生まれ。長野日報社記者を経てフリーライター。自殺やメンタルヘルスやネット・コミュニケーション等に関心がある。阪神淡路大震災以来の震災取材。著書に「自殺を防ぐためのいくつかの手がかり」(河出書房新社)など。
[Twitter] @shibutetu
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西村仁美【とりあえず行ってみる】vol.5「原点に帰る」 



週刊 石のスープ
定期号[2012年1月12日号/通巻No.22]

今号の執筆担当:西村仁美




■挨拶をかける

 数年前に私は『「ユタ」の黄金言葉』(東邦出版刊)という本を書いた。同書は奄美や沖縄のシャーマンたちに取材し、その自然観、世界観を描いたものだ。
 シャーマンは、普段私たちの「目に見えない世界」を、見たり感じたりすることができる。自然の中の神や、亡くなった者の存在に触れ、そうした存在を自分自身に憑依させ、時に脱魂させ、そうした存在と交わり、そうした存在に触れることのできない私たちとをつなぐ役目を果たす。
 その取材中、同書で紹介する一人、糸数ナビィさん(旧姓)からこんなことを教わったことがある。それは、そのような私たちの「目に見えない世界」に対しても、「目に見える世界」同様、挨拶するものだということだった。
 例えば、人の家に用があって行く。すると家の内側に向かって何の言葉もかけず、いきなり玄関の戸をあけ、その人の家の中にズカズカと入っていく人はまずいない。「こんにちは〜」とか「すみませ〜ん」とか声をかけるだろう。家の中から「どちら様で?」とか聞かれたら、「隣近所に済んでいる〇〇です」とかなんとか言って身分を明かすものだ。「見えない世界」でもそういった礼儀作法をするものなのだという。
 糸数さんは沖縄の久高島出身なのだが、たしかこれから久高島での同行取材をさせてもらう時にそんな話になったと思う。久高島では、まず港の近くに石碑があり、そこに島の「門番」がいるため、そこで自分の住所、名前、島に来た目的を伝え、挨拶をしてから島の中に入って行くよう勧められた。

 久高島は、沖縄本島の東側に位置する周囲約8キロの小さな島で、人口は256人(2011年12月末日)。那覇市からバスとフェリーで約1時間半で辿り着く。沖縄で「神の島」と呼ばれ、天からアマミキヨという神が最初に久高島に降り立ち、国づくりを始めたという言い伝えがある。またこの島では、女は神人(カミンチュ)、男は海人(ウミンチュ)であり、神女(タマガエー)として女たちが神職者に就くのに「イザイホー」という儀式が12年に一度ある。イザイホーをするには一定の条件があるのだが、今はその条件を満たせる人がいないため、しばらく行われていない。私自身は、こうしたことなどから久高島は沖縄の人々の精神文化の要を担っている場所だととらえている。
 そんな久高島で生まれ育った糸数さんが冒頭で紹介する「挨拶」の話をしてくれたのは大変興味深いことだった。私はその話を聞いた時、「たしかにそうだよなあ〜」と素直に思った。だって「目に見える世界」でやっていることを「目に見えない世界」でやらない手はないだろう。やったっていいと思った。

 そう思えたのはやはり同書の取材のため沖縄に半年間ほど、それ以前には別件で奄美に1年ほど滞在できたことがベースにはあると思う。人々の暮らしの中に亡くなった祖先や自然神などを敬い尊ぶ生活習慣や祭りがそこにあったからではないかと思う。その後も糸数さんを取材で追いかけていると、彼女はいつもいろんな所に行ってはこうした「挨拶」を繰り返していた。


※この後の記事(小見出しのみ紹介)
■念願の韓国の聖山・摩尼山へ行く
■行けるところまで行ってみると……
■奄美、沖縄、そして韓国


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摩仁山の頂上にて。
手前左が香炉と著者の西村。
背後にあるのが、塹星壇(チャムソンダン)。


【奄美や沖縄のシャーマンに興味がある方にお勧め番組と動画】

市民メディア「Our Planet-TV」
「ユタの黄金言葉って何だろう?」
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/212

筆者の西村自ら出演、撮影、監督、編集した『「ユタ」の黄金言葉』のCM
http://www.youtube.com/watch?v=JVsanvJjohs




■西村仁美 記事掲載
韓国情報誌『スッカラ』3月号

韓国関連の情報誌『スッカラ』3月号(2012年1月21日発売予定)の「コリアン リンクス」のコーナーの写真、記事を担当しています。
見出しは、「夢は、障がい者たちのオペラハウスでの公演とパン屋さん」
ぜひご購読下さい!



西村仁美 にしむら・ひとみ
1968年、東京生まれ。フリーターをしながらアジアを放浪。のち、ルポライター兼フォトグラファーに転身。主に野宿生活者<や少年>に関わる社会問題、を中心に取材。奄美や沖縄、韓国のシャーマンの自然観や世界観、チベットの精神文化などにも関心があり、取材ジャンルの幅を近年さらに広げつつある。
著書に『悔 野宿生活者の死と少年たちの十字架』(現代書館刊)『「ユタ」の黄金言葉』(東邦出版刊)『格安!B級快適生活術』(共著/ちくま文庫)など。
[Twitter] @ruri_kakesu
[ブログ] おきなわ★ねじ式ラジオ



■発行元:「週刊 石のスープ」編集部

■文責:渋井哲也・西村仁美・
    三宅勝久・渡部真
■編集:渡部真

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category: 西村記事

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寺家将太【ときどき登場】vol.1「ウギャルと釜石の絆」 



週刊 石のスープ
増刊号[2012年1月17日号/通巻No.21]

今号の執筆担当:寺家将太



 こんにちは。「週刊 石のスープ」編集担当の渡部真です。
 新しい年を迎えました。希望者の方には、年末ギリギリにお送りしたカレンダーは届いていますでしょうか? お陰さまでご好評いただき、「石のスープ」一同、作った甲斐があったと喜んでいます。今年もよろしくお願いします。

 さて、今回は新春早々の増刊号ですが、現役学生の寺家将太さんが記事を提供してくれましたのでお届けします。

*  *  *  *  *  *

■釜石の漁師たちの笑顔と決意

 2011年3月下旬、雑誌でモデルとして活躍するLie(ライ)さん(26歳)は釜石にいた。東北地方太平洋沖地震の発災からおよそ2週間後、津波の爪痕が生々しいころだ。

「着いた瞬間、あ然というか、言葉になりませんでした」

 みんなでホタテの出荷作業をした作業場も、地元の方がいつもあたたかく迎えてくれた事務所もみんな流されていた。水産業界を若い世代から盛り上げようと、Lieさんが発起人となって立ち上げた「ウギャル・プロジェクト」がようやく軌道に乗りかけたころだった。Lieさんは、震災後の心境をこう語る。

「釜石は自分のふるさとのような場所。震災後はずっとそわそわして落ち着きませんでした。数日して連絡はとれたけど、やっぱり顔を見て話したいと思っていました」

 みんなを励ますつもりで釜石に向かったLieさんだったが「旅館に着いた瞬間、涙とふるえがとまらなくて」と振り返る。

P_0107-t01_4724-2.jpg
インタビューに答えるLieさん


※この後の記事(小見出しのみ紹介)
■釜石との出会い
■震災をバネに


P_0107-t03_6264.jpg
津波記念碑


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■寺家将太 記事掲載!
ニュースサイト『ニコニコニュース』
→ ニコニコニュース・寺家将太の記事にジャンプ ←

現在、インターン生としてニコニコニュースで活動する寺家将太さん。ニュース記事を書いて配信しています。無料で読む事ができますので、良かったらチェックしてみてください。
いい記事があったら、TwitterやFacebookで話題にしてあげてください。また、直接感想を伝えたい時は、「石のスープ」編集部宛にメールをいただければ、本人に届けます。



■増刷出来!
「自由報道協会が追った3.11」

自由報道協会・編
上杉隆、神保哲生、津田大介、日隅一雄、畠山理仁、渋井哲也、江川紹子、渡部真、寺家将太、ほか
発行元:扶桑社
定価:1400円
→ アマゾンにジャンプ ←
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4594064957/


 自由報道協会の有志の面々と、東日本大震災について共著を上梓しました。
 それぞれのジャーナリストたちが、この半年間、どのように震災と関わってきたか? この半年間をどう考えているのか? 震災とメディアのあり方、震災以降のメディアの変化、そしてこの半年間で被災地で起こった出来事の数々……
 渋井と渡部がそれぞれ2本のルポを書き、全体の構成や編集も担当。寺家さんもルポを1本書いています。



寺家将太 てらいえ・しょうた
1989年福岡生まれ。現在、東京大学2年生。2011年6月〜8月、自由報道協会でインターン第一期生として活動。インターン期間中、自ら単身で東北の被災地へ取材に行き、その後も渋井や渡部に同行して取材経験を積み重ねた。その努力が自由報道協会の会員に認められ、『自由報道協会が追った3.11』(扶桑社/共著)の著者の一人として記事を掲載。現在は、「ニコニコニュース」(ドワンゴ)のインターン生として記者体験を実践している。将来はノンフィクションライターを目指しているはずだが、もっぱらその勉強よりもお酒に精を出し、暇さえあれば赤ちょうちんに通う日々……。
[Twitter] @tera_rira
[ブログ] 経験代行(仮)(現在休止中)



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