07«1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.»09

3.11取材報告:石のスープ

フリーランスのライターやジャーナリストがお届けする有料メールマガジン「石のスープ」。東日本大震災の取材報告を中心に、バラバラのフリーランサー達が集まって一つの媒体と作ると、どんな味に仕上がるでしょうか……

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

cm --   tb --   page top

渋井哲也【“一歩前”でも届かない】vol.10「震災関連自殺とストレス」 



石のスープ
定期号[2013年1月31日号/通巻No.66]

今号の執筆担当:渋井哲也




■精神科の空白地帯・相馬市の“ホットスポット”で起きた自殺

 2011年6月、福島県相馬市玉野の酪農家の男性(55歳)が自殺しました。自殺をした場所である牛舎には遺書と思われるものがあり、酪農家の仲間に対して次のように書かれていました。

 「原発さえなければと思います。残った酪農家は原発にまけないで頑張って下さい。先立つ不幸を」
 「仕事をする気力をなくしました」

[参考]朝日新聞 2011年6月20日
「新築の壁に残した無念 福島・酪農家の男性自殺」
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201106190452.html
 
shibu130102.jpg
自殺した男性が残した言葉

 
 「私に連絡があったのは次の日。知人の酪農家から聞いたんです。最初は“まさか”と思ったんです。信じられませんでした」
 以前から交流のあった知人で同県飯館村の酪農家、長谷川健一さん(59歳)=伊達市の仮設住宅に避難=の言葉です。遺体と対面した長谷川さんは事実を受け止めるしかなかったと言います。
 「彼にもいろんな事情があっただろうが、一番の原因になったのは原発事故。それがなければ、自殺をしなかったと思う。当時は乳牛の出荷制限がかかっていましたから」

 相馬市は事故のあった東京電力・福島第一原発と隣接地域ではありません。市役所のある市街地は、福島第一原発から約40キロの距離にあり、緊急時避難準備区域に設定された30キロよりも外側にあたります。震災直後には心配した市民も多かったのですが、震災から3か月が経った6月には、市街地では、空間線量は1時間あたり1マイクロシーベルトを超える地域は見当たりませんでした。
 しかし、男性が自殺した玉野地区は例外でした。市街地よりも内陸にあり、福島第一原発からさらに離れているのに、比較的高い空間線量が検出されていたのです。同地区の北側は、線量が高いとされる宮城県南部の丸森町であり、南側は計画的避難地域に指定された飯館村がある。やはり、線量が高い伊達市霊山のすぐ近くです。福島第一原発から北西方向に風邪が吹いていたために、飯館村は線量が高くなりますが、その延長上にあります。

 そのため、相馬市の空間線量メッシュ調査(500メートル)でも、4月頃ですが、場所によっては1時間あたり2マイクロシーベルトを超えていました。1年後でも1時間あたり2マイクロシーベルトを超えるエリアもあるのです。「今後は酪農が出来なくなるのではないか」と地域の人達が心配する地域と言えます。
 その上、ここは福島第一原発から30キロ圏外であるために、東電の補償対象から外されています。絶望的に思ってしまいかねない地域だったのです。

[参考]Google MAP 相馬市玉野地区
http://goo.gl/yBc7E

[参考]相馬市の空間線量のメッシュ調査
http://www.city.soma.fukushima.jp/0311_jishin/mesh_2012.html

 ちなみに、私が12月に、亡くなった牛舎を訪れた際は、牛舎自体は一時間あたり0.2マイクロシーベルトを超えない状況でした。

 一方、相馬市には、特別な事情がありました。明治時代の話ですが、「相馬事件」と呼ばれる事件ががあり、精神科の空白地帯と言われている背景があったのです。

 1879年、旧中村藩(現在の相馬市)藩主・相馬誠胤(もとたね)は、統合失調症と思われる症状が悪化したため、家族が宮内省に自宅監禁を申し入れました。その後、自宅で監禁され、現在の精神科に相当する癲狂院に入院するのです。この一件が陰謀ではないかとの問題となり、旧藩士・錦織剛清などが告発して、この問題が表面化。1887年、錦織が誠胤を連れ出そうとし、錦織は家宅侵入罪で有罪判決(重禁固1年)を受けました。
 この事件がきっかけとなり、1900年、精神病者監護法ができました。これにより、精神病者の隔離政策が始まったのです。

 この事件の影響で、相馬市には精神科医が長い間いませんでした。事件が与えた混乱によって、相馬市では、かえって精神病に対して誤った認識も広がり、精神科への敷居が高くなったというのです。
 相馬市内に住んでいるある男性は「子どもの頃は、あまりうるさいと緑の救急車を呼ぶよ」と言われていたそうです。その「緑の救急車」は、精神科救急の救急車をイメージしていると思われます。この「緑の救急車」のような話は全国でもあります。「黄色い救急車」という場合もあります。ちなみに、「緑の救急車」は実在するそうで、陸上自衛隊、海上自衛隊の救急車が緑のようです。しかし、精神科専用の救急車ということはありません。
 また、この男性によると、「洞穴に閉じ込めちゃうぞ」とも言われていたそうです。これは相馬事件での「監禁」を連想するものではないかとも考えられますが、確証はありません。ただ、精神科のイメージが、こうした都市伝説のようなものと同じように伝わっていたことは考えられます。

 こうした相馬市は精神科の「空白地帯」となり、精神科の患者さんは南相馬市の病院に通うことになったそうです。
 
shibu130101.jpg
自殺した男性は、牛舎の壁や黒板に、いくつもの言葉を残して自殺した



※この後の記事(小見出しのみ紹介)
■自殺がタブーではなくなってきてる?
■震災後は自殺者が減っている!!
■震災体験を話す事ができない人もいる
■私自身の震災によるストレス

つづきは、有料メールマガジン「石のスープ」のバックナンバーをご購読ください。



このブログは、「石のスープ」の売上げで管理・公開されています。編集部メンバーの取材経費の支援・カンパとして、会員登録・定期購読のご協力を頂ければ幸いです。
メールマガジンの登録申し込みは「まぐまぐ」か、「ニコニコ・チャンネル」から
「まぐまぐ」→http://www.mag2.com/m/0001339782.html
「ニコニコ・チャンネル」→http://ch.nicovideo.jp/channel/sdp


渋井哲也 しぶい・てつや
1969年、栃木県生まれ。長野日報社記者を経てフリーライター。自殺やメンタルヘルスやネット・コミュニケーション等に関心がある。阪神淡路大震災以来の震災取材。著書に「自殺を防ぐためのいくつかの手がかり」(河出書房新社)など。
[Twitter] @shibutetu
[ブログ] てっちゃんの生きづらさオンライン



■発行元:「石のスープ」編集部

■文責・編集:
  渋井哲也(フリーライター)
  村上和巳(フリージャーナリスト)
  渡部真(フリーランス編集者)

■サイト: http://weeklysdp.blog.fc2.com/
■メアド: sdp.snmw(あっとまーく)gmail.com
■定期購読の登録・解除・変更
 【まぐまぐ】 http://www.mag2.com/m/0001339782.html
 【ニコニコ・チャンネル】 http://ch.nicovideo.jp/sdp


 
スポンサーサイト

category: 渋井記事

cm --   tb --   page top

渋井哲也【“一歩前”でも届かない】vol.9「震災取材を通して出会った釜石の人たち」 



石のスープ
定期号[2012年11月21日号/通巻No.56]

今号の執筆担当:渋井哲也




 2012年11月18日、東京・台東区の生涯学習センターで環境フェスティバルが開かれていました。私はそこに行き、震災瓦礫で作ったキーホルダーを購入しました。岩手県釜石市や大槌町で活動をしている「一般社団法人 和 RING−PROJECT」が販売しているものです。瓦礫の大きさ数センチで、ほぼ中心には「和」と書かれて、またどこの瓦礫が書かれています。「陸前高田」「釜石」「大槌」、大槌町の「赤浜小」と刻印されています。

[参照]和 RING−PROJECT
 http://www.ring-project.jp/index.html

 「和 RING−PROJECT」と台東区との関係は、震災がきっかけだったようです。台東区の職員が震災後、復興支援のために釜石市に応援に来ていたという。それをきかっけに、スタッフともつながり、今回の「環境フェス」に参加することになったのです。

shibu-112101.jpg
購入した震災がれきのキーホルダー。
「陸前高田」は、市外での処理が多く、数は少ない


 私がこのフェスで震災瓦礫のキーホルダーを買いに出向いたのは、ある女性のTwitterで知ったからです。その女性とは、取材で釜石市を訪れたときに知り合いました。私が釜石市内で飲める人を募集するツイートをしたときに、集まってくれた人の一人でした。そのとき、彼女は、NPOに所属していたのですが、今年になって「和 RING−PROJECT」で働いています。



このブログは、「石のスープ」の売上げで管理・公開されています。編集部メンバーの取材経費の支援・カンパとして、会員登録・定期購読のご協力を頂ければ幸いです。
メールマガジンの登録申し込みは「まぐまぐ」か、「ニコニコ・チャンネル」から

「まぐまぐ」→http://www.mag2.com/m/0001339782.html
「ニコニコ・チャンネル」→http://ch.nicovideo.jp/channel/sdp



■渋井哲也のweb連載
「ジョルダンニュース」渋井哲也、被災地の「記憶」(第8回)
見えにくい被災者の生活問題

http://news.jorudan.co.jp/mb.cgi?action=2&id=JD1351214515321

渋井哲也が連載している「ジョルダンニュース」。10月26日に最新記事が配信されました。被災地の復興にとって重要な鍵となる「移転問題」を取り上げています。



■まだまだよろしくお願いします!
風化する光と影
〜“メディアから消えつつある震災”の中間報告

著 者:渋井哲也 村上和巳 渡部真
発行元:E-Lock P.
発売元:マイウェイ出版(MYWAY MOOK)
定 価:1000円
アマゾンにジャプ→ http://t.co/Afp6g7qY

渋井哲也、村上和巳、渡部真の3人が、これまで東日本大震災で未だに記事に出来なかった様々なルポを約35篇書き下ろしました!
まだ終わっていない震災のなかでの暮らし、それでも明日への歩みが進んでいる。あの時、誰もが見つめた現実を、もう一度、しっかりと受け止めるために、災害の検証、原発問題、生活のなかで起きている問題、学校で暮らす子ども達、未来に向けた復興について、などのテーマに分けて構成されています。
メルマガ仲間の三宅勝久、「ときどき登場」の寺家将太さん、ジャーナリストの長岡義幸さん、記者会見ゲリラの畠山理仁さん、ジャーナリストの粥川準二さんも、寄稿してくました。友人の編集者が、僕らが儲かりもしないのに取材を続けてきたことに支援してくれ、まさに赤字覚悟で頑張って発行してくれました。何とぞ宜しくお願いします。



渋井哲也 しぶい・てつや
1969年、栃木県生まれ。長野日報社記者を経てフリーライター。自殺やメンタルヘルスやネット・コミュニケーション等に関心がある。阪神淡路大震災以来の震災取材。著書に「自殺を防ぐためのいくつかの手がかり」(河出書房新社)など。
[Twitter] @shibutetu
[ブログ] てっちゃんの生きづらさオンライン



■発行元:「石のスープ」編集部

■文責・編集:
  渋井哲也(フリーライター)
  村上和巳(フリージャーナリスト)
  渡部真(フリーランス編集者)

■サイト: http://weeklysdp.blog.fc2.com/
■メアド: sdp.snmw(あっとまーく)gmail.com
■登録の解除・変更:まぐまぐ: http://www.mag2.com/


category: 渋井記事

cm --   tb --   page top

渋井哲也【“一歩前”でも届かない】vol.8「気がつかないふりをしていた故郷の被災」 



石のスープ
定期号[2012年10月31日号/通巻No.54]

今号の執筆担当:渋井哲也




 今月から、戦場などを取材するジャーナリスト、村上和巳さんが参加してくれた。原稿にもあったが、10年来の付き合いだ。かつて、市民記者のニュースを中心に構成していた『オーマイニュース日本語版』で、私は週2日デスクをしていた。村上さんも、私がつなげたのだが、週1日デスクをしていた。その意味では同僚である。

 その村上さんの原稿で「出自」に触れた部分があった。出自について、どこまで考えているのか、どこまで影響があるのか、という意味では、村上さんの「出自」と震災の関連は興味深かった。その原稿に刺激されたこともあり、私も自らの「出自」について触れたいと思う。

*  *  *  *  *  *


■心理的な壁「白河の関」

 私は栃木県那須町に産まれた。
 村上さんの原稿で「白河以北」という言葉ある。福島県には白河の関所があるのだが、その白河の関所の北側が「河北」と呼ばれる。奥州への3つの関所の一つだ。今でも、現代の「白河の関所」と呼ばれる白河検問所がある。白河警察署が、犯罪の流入対策で設置している。白河を境にして、北は東北、南は関東となっているが、那須町は、白河の関から見て、最初の関東の町だ。
 俳人・松尾芭蕉は那須から白河を越えるとき、「白川の関こえんと、そゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず」と書いている。それだけ、当時の下野の国から奥州へ向かう旅は、感慨深いものがあった。今でこそ、高速道路や新幹線が整備され、那須から白河へ買い物に行く人もいて、日常的な経済交流はされているが、やはり、心理的には白河の関を越えるのは、東京から埼玉を越える感覚ではなく、別の文化圏に行くといったものだ。少なくとも、白河の関を意識しながら育った私にとってはそういう想いがある。

 那須町内のなかでも南部に育った私は、那須の町内でも北に行くことよりも、隣町の黒磯市(現在の那須塩原市)に行くことのほうが多かった。なにしろ、近所の橋を渡れば、黒磯市だ。学校も、通った小中学校よりも、黒磯市内の小中学校のほうが近かった。高校は黒磯高校に行くことになるが、出身小中学校よりも近く、通った学校の中で一番近かったのだ。そんな生活圏からすれば、白河というのは、私の背中にある、異国の地の扉だった。
 ただ、異国といっても、憧れの地としての異国ではない。まだ、全国の高校野球大会で東北のチームが優勝をしておらず、「優勝旗が白河の関を越えるのか?」が話題になったりする。しかし、単純に地理的な意味での「境界」を指すのでもない。村上さんも東北蔑視について書いていたが、私も東北を蔑視していたと思う。よく、栃木県は、「東北の玄関口」として扱われていたが、それを面白くないと感じていた。栃木県内でも、最北端の那須町は、県内評価でもやはり同じだった。

 「なぜ、那須町が東北の玄関口として扱われなければならないのだろうか。こっちは、関東であり、東北じゃないんだ」という意味不明な拒絶感があった。それは差別意識だったんだろう。そうした蔑視のムードは、東北に近いからこそ、感じることもできたと思う。もちろん、東北蔑視についての具体的な経験したわけではないが、今思えば、日常の言葉の扱いには東北蔑視が出ていたと思うことがたくさんある。

 仕事をするようになって、よく「青春18切符」を使って、各駅停車の一人旅をすることも多くなった。それで自覚したのは、上野から黒磯間というのは、黒磯から仙台間とほぼ同じ時間がかかるということだ。つまりは、上野から仙台の中間が黒磯駅なのだ。黒磯駅が実家の最寄り駅で徒歩15分の距離なのだ。生活圏は東京と仙台の中間だった。ただ、それが分かっても、黒磯から仙台は、上野よりも遠いといまだに感じている。

■「植物赤十字をつくりたい」と言っていた祖父が選んだ那須

 そもそも、私が那須に産まれたのは、第二次世界大戦との関連が強い。母方の祖父は都内の学校職員をしていた。日中戦争の頃、満州開拓の話が出る。祖父は生物に詳しく、開拓団のメンバーに誘われていた。同じ理由で、那須開拓の話も出ていた。満州か、那須か。その二択だったようだ。那須は明治期にも開拓されていたが、昭和20年代にも開拓事業があった。結果、祖父は那須を選んだ。
 祖父は私が産まれた頃亡くなった。そのため、私の記憶としては何もない。しかし、約20年間勤務していた都立戸山高校の「戸山高校新聞」(1957年9月16日号)の「先生列伝」に少しだけ載っているのを見つけた。それによると、「植物赤十字」を作りたい、との思いがあったようだ。「人間同士の戦いのために多くの植物が傷付く。植物は口が無いから何も言わないが苦しいにちがいない」と言っていたとか。よく母が「おじいちゃんは木のお医者さんになりたがっていた」と話していたが、それが「植物赤十字」のことだったのかと、この新聞を見つけたときに思ったものだ。

※この後の記事(小見出しのみ紹介)
■最初の被災地取材は栃木県
■被災地としての那須
■避難所としての那須
■廃棄物処理場としての那須
■野球からサッカーに転身するはずが……


つづきは、有料メールマガジン「石のスープ」のバックナンバーをご購読ください。



このブログは、「石のスープ」の売上げで管理・公開されています。編集部メンバーの取材経費の支援・カンパとして、会員登録・定期購読のご協力を頂ければ幸いです。
メールマガジンの登録申し込みは「まぐまぐ」か、「ニコニコ・チャンネル」から

「まぐまぐ」→http://www.mag2.com/m/0001339782.html
「ニコニコ・チャンネル」→http://ch.nicovideo.jp/channel/sdp



■渋井哲也のweb連載
「ジョルダンニュース」渋井哲也、被災地の「記憶」(第8回)
見えにくい被災者の生活問題

http://news.jorudan.co.jp/mb.cgi?action=2&id=JD1351214515321

渋井哲也が連載している「ジョルダンニュース」。10月26日に最新記事が配信されました。被災地の復興にとって重要な鍵となる「移転問題」を取り上げています。



■まだまだよろしくお願いします!
風化する光と影
〜“メディアから消えつつある震災”の中間報告

著 者:渋井哲也 村上和巳 渡部真
発行元:E-Lock P.
発売元:マイウェイ出版(MYWAY MOOK)
定 価:1000円
アマゾンにジャプ→ http://t.co/Afp6g7qY

渋井哲也、村上和巳、渡部真の3人が、これまで東日本大震災で未だに記事に出来なかった様々なルポを約35篇書き下ろしました!
まだ終わっていない震災のなかでの暮らし、それでも明日への歩みが進んでいる。あの時、誰もが見つめた現実を、もう一度、しっかりと受け止めるために、災害の検証、原発問題、生活のなかで起きている問題、学校で暮らす子ども達、未来に向けた復興について、などのテーマに分けて構成されています。
メルマガ仲間の三宅勝久、「ときどき登場」の寺家将太さん、ジャーナリストの長岡義幸さん、記者会見ゲリラの畠山理仁さん、ジャーナリストの粥川準二さんも、寄稿してくました。友人の編集者が、僕らが儲かりもしないのに取材を続けてきたことに支援してくれ、まさに赤字覚悟で頑張って発行してくれました。何とぞ宜しくお願いします。



渋井哲也 しぶい・てつや
1969年、栃木県生まれ。長野日報社記者を経てフリーライター。自殺やメンタルヘルスやネット・コミュニケーション等に関心がある。阪神淡路大震災以来の震災取材。著書に「自殺を防ぐためのいくつかの手がかり」(河出書房新社)など。
[Twitter] @shibutetu
[ブログ] てっちゃんの生きづらさオンライン



■発行元:「石のスープ」編集部

■文責・編集:
  渋井哲也(フリーライター)
  村上和巳(フリージャーナリスト)
  渡部真(フリーランス編集者)

■サイト: http://weeklysdp.blog.fc2.com/
■メアド: sdp.snmw(あっとまーく)gmail.com
■登録の解除・変更:まぐまぐ: http://www.mag2.com/


 

category: 渋井記事

cm --   tb --   page top

渋井哲也【“一歩前”でも届かない】vol.7「『週刊金曜日』と市民ジャーナリズム」 



週刊 石のスープ
定期号[2012年9月30日号/通巻No.44]

今号の執筆担当:渋井哲也




■本多氏や久野氏の思いが込められた創刊

 「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」
 これは、イギリスの歴史家であり、政治家でもあるジョン・アクトンの言葉だ。『週刊金曜日』がジャーナリズムとして、権力を監視する必要性を説くときに前提にしている考え方だ。私がはじめてこの言葉を聞いたのは、現在編集委員の本多勝一さんのコラムだった気がする。おそらくは1990年代前半だった。私はまだ大学生で、新聞社に内定をしていたころだ。

 私は学生時代、法学部の学生でありがらも、法律論よりは社会科学系の本をよく読んでいた。とくに、サークルが社会福祉系だったことで、社会福祉関連の学術書やルポを好んで読んでいた。しかし、新聞社に内定したことで、新聞やメディアについての文献を読みあさった。
 当時、私がもっとも共感したのは共同通信の記者・斉藤茂男さんが著した「新聞記者を取材した」(岩波書店)だった。新聞に期待をしつつも、現実に失望し、他業種に転職する人たちのルポだ。私もこうした結末を迎えるのかどうか、読んでいていろいろ考えていた。

 そんな心情のときに、本多勝一さんの「貧困なる精神」をよく読んでいた。朝日新聞の編集委員を退職した本多さんが、職業安定所で「新聞社の編集委員」を探していたというコラムを、どこまで本気でやっているのか?と笑いながら読んだ記憶がある。そんな本多さんのコラムで、冒頭の「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」を目にした。韓国では、既存の新聞ではなく新しいジャーナリズムが芽生えていた。「ハンギョレ新聞」がそれだった。

*  *  *  *  *  *


※この後の記事(小見出しのみ紹介)
■創刊当時、情報発信の場として期待されていた読者会
■読書会でおこった対立や悲しい出来事
市民メディアの新たな展開と、『週刊金曜日』の役割


つづきは、有料メルマガ「週刊 石のスープ」のバックナンバーをご購読ください。

メールマガジンの登録申し込みは「まぐまぐ」から
http://www.mag2.com/m/0001339782.html



■まだまだよろしくお願いします!
風化する光と影
〜“メディアから消えつつある震災”の中間報告

著 者:渋井哲也 村上和巳 渡部真
発行元:E-Lock P.
発売元:マイウェイ出版(MYWAY MOOK)
定 価:1000円
アマゾンにジャプ→ http://t.co/Afp6g7qY

渋井哲也、渡部真と、ジャーナリストの村上和巳さんの3人が、これまで東日本大震災で未だに記事に出来なかった様々なルポを約35篇書き下ろしました!
まだ終わっていない震災のなかでの暮らし、それでも明日への歩みが進んでいる。あの時、誰もが見つめた現実を、もう一度、しっかりと受け止めるために、災害の検証、原発問題、生活のなかで起きている問題、学校で暮らす子ども達、未来に向けた復興について、などのテーマに分けて構成されています。
メルマガ仲間の三宅勝久、「ときどき登場」の寺家将太さん、ジャーナリストの長岡義幸さん、記者会見ゲリラの畠山理仁さん、ジャーナリストの粥川準二さんも、寄稿してくました。友人の編集者が、僕らが儲かりもしないのに取材を続けてきたことに支援してくれ、まさに赤字覚悟で頑張って発行してくれました。何とぞ宜しくお願いします。



■9月24日(月)発売!
週刊金曜日』増刊号
〜さようなら原発 路上からの革命〜

発 行:(株)金曜日
定 価:500円
アマゾンにジャプ→ http://goo.gl/4L0Fd

「さようなら原発」のデモや集会が全国に広がっています。毎週金曜日に行なわれる首相官邸前デモや「7・16」の代々木公園には10万人を超える人々が集まりました。そこで目立つのは、これまでデモや市民運動に参加して来なかった人々の姿。原発事故をきっかけに、いま、「さようなら原発」の運動は、かつてないほど盛り上がっています。「この間の流れを1冊の写真誌として記録に残したい」と『週刊金曜日』が増刊号を発行しました。
全68ページ中36ページがカラー印刷。そのほとんどが、東京や全国の運動を写真で紹介しています。そのほか、哲学者・柄谷行人さんのコラム、フリーランスライターの畠山理仁さん、島田健弘さんなどの記事。そして渡部も、「7・16代々木集会」のレポートや、「20万人? 2万人? デモ参加人数、どっちがホント?」という短いコラムを書いています。また、僕が全体の編集と、一部デザインを担当。制作には、古くからのフリーランス仲間が協力してくれ、いつもの『週刊金曜日』とは一味違ったスタイルで作られています。



渋井哲也 しぶい・てつや
1969年、栃木県生まれ。長野日報社記者を経てフリーライター。自殺やメンタルヘルスやネット・コミュニケーション等に関心がある。阪神淡路大震災以来の震災取材。著書に「自殺を防ぐためのいくつかの手がかり」(河出書房新社)など。
[Twitter] @shibutetu
[ブログ] てっちゃんの生きづらさオンライン



■発行元:「週刊 石のスープ」編集部

■文責:渋井哲也・西村仁美・
    三宅勝久・渡部真
■編集:渡部真

■サイト: http://weeklysdp.blog.fc2.com/
■メアド: sdp.snmw(あっとまーく)gmail.com
■登録の解除・変更:まぐまぐ: http://www.mag2.com/


 

category: 渋井記事

tag: 週刊金曜日  市民メディア  市民ジャーナリズム  読者会 
cm --   tb --   page top

渋井哲也【“一歩前”でも届かない】vol.6「「東京都青少年健全育成条例」の改正は、何が問題だったのか?」《無料公開中》 



週刊 石のスープ
定期号[2012年5月17日・24日合併号/通巻No.39]保存版

今号の執筆担当:渋井哲也




 いつも、「週刊 石のスープ」をご愛読いただきありがとうございます。

 前号に引き続き、本来は5月にお届けする予定だった配信分を、電子書籍としてお送りしています。
 今回は、渋井哲也の記事と、渡部真の写真アルバムです。

 その一部を公開いたします。

読まれる方は、下のボタンをクリックしてください。

P_1229.jpg

 グーグルドキュメントにアクセスされます。

なお、電子書籍「2012年5月3日・10日合併号 完全版」の購読は、有料メルマガ「週刊 石のスープ」のバックナンバーをお申し込みください。

ご購読いただくと、渋井の記事の続きと、渡部の写真アルバムの全てがご覧いただけます。

  ■書 式:PDF形式
  ■サイズ:B6判横置き
  ■頁 数:48ページ
  ■容 量:5.1Mb

メールマガジンの登録申し込みは「まぐまぐ」から
http://www.mag2.com/m/0001339782.html



■日程決定!8月2日(月)
「風化する光と影」
〜継続する僕らの取材報告〜file01-宮城篇


↓↓詳細はこちら↓↓
http://makoto-craftbox.cocolog-nifty.com/

出演:渋井哲也、畠山理仁、村上和巳
日時:2012年8月2日(月) 19:00〜
会場:Bar ルナベース
    JR「中野」駅/西武新宿線「新井薬師」駅
料金:1500円+飲食代

震災1年で上梓した「風化する光と影」(マイウェイ出版)は、僕らが今後も取材報告を続けていきたいという想いを込めて、サブタイトルに「中間報告」という文字を入れました。
そこでこのたび、同書の執筆陣たちが継続して取材報告をする場を作るため、定期的に取材報告会のイベントをおこなう事になりました。
メディアからは徐々に情報が少なくなっていますが、ぜひ、僕らの取材報告を通じて、今なお現在進行形の東日本大震災の「いま」を知るキッカケにしてください。



渋井哲也 しぶい・てつや
1969年、栃木県生まれ。長野日報社記者を経てフリーライター。自殺やメンタルヘルスやネット・コミュニケーション等に関心がある。阪神淡路大震災以来の震災取材。著書に「自殺を防ぐためのいくつかの手がかり」(河出書房新社)など。
[Twitter] @shibutetu
[ブログ] てっちゃんの生きづらさオンライン



■発行元:「週刊 石のスープ」編集部

■文責:渋井哲也・西村仁美・
    三宅勝久・渡部真
■編集:渡部真

■サイト: http://weeklysdp.blog.fc2.com/
■メアド: sdp.snmw(あっとまーく)gmail.com
■登録の解除・変更:まぐまぐ: http://www.mag2.com/


 

category: 渋井記事

cm --   tb --   page top

プロフィール

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。