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3.11取材報告:石のスープ

フリーランスのライターやジャーナリストがお届けする有料メールマガジン「石のスープ」。東日本大震災の取材報告を中心に、バラバラのフリーランサー達が集まって一つの媒体と作ると、どんな味に仕上がるでしょうか……

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渡部真【勝手気ままに】Vol.16「大川小学校の検証委員会を見て」 



石のスープ
定期号[2013年11月30日号/通巻No.59]

今号の執筆担当:渡部真


 
■犠牲になった児童数「74人」の重み


 東日本大震災を取材するなかで、いくつかの学校を取材して来た事はこれまでもこのコラムの中で書いてきた。これらの学校のなかに、宮城県石巻市立大川小学校がある。

 この学校の事は、拙編著『風化する光と影』(マイウェイ出版)のなかで、渋井哲也さんが紹介してくれているし、あまりにも有名になったので、同校の記事を読んだ人も多いだろう。
 大川小学校は、東日本大震災の際に発生した津波が北上川を逆流し、川の近くにあった校舎が呑み込まれた。河口から約5キロほど上流にあり、近代になって起こった過去の三陸地域の津波でも、大きな被害がなかったため、地域の人達は津波被害を予測していなかった(一応、学校の防災マニュアルには津波想定が前提となっているが、不十分だったため、その事も問題になっている)。
 同校では、震災当時、児童108人が在籍していたが、一部の児童は地震直後に保護者に引き渡された。校舎に残っている児童たちは、教職員達が避難について検討している間、校庭で避難していた。その間、教職員や地元住人達が、裏山に避難するか、近くの高台となっている三角地帯に避難するか検討していたが、地震発生から約40分後、いよいよ津波から避難すべきとなり、三角地帯に向かった。しかし、三角地帯は川にかかる橋のたもとにあり、むしろ危険が大きかった。津波はその三角地帯からも流れ込み、校舎の裏の河口堤防も超え、児童たちは津波に挟まれた形で呑み込まれた。死亡・行方不明合計74人の児童が犠牲となった。教職員も10人が亡くなっている。


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震災から1カ月後の大川小学校校舎(2011年4月15日)
  
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[地図1]宮城県
  
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[地図2]石巻市と大川小学校
※震災前の地形のため、地盤沈下や浸水等、
現在の地形とは若干異なる

  
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[図版]震災当時の大川小学校周辺


 この大川小学校の悲劇が紹介される際、よく「全校児童の7割が犠牲」と言われるが、僕はこの学校のことを取材し始めてからずっと、「全児童の7割」という数字より、74人という人数の多さが異常だと考えている。
 東日本大震災で犠牲となった、岩手、宮城、福島3県の小学生は、228人(死亡・行方不明合計/2011年5月現在)。3県を南北に結ぶと直線距離で三百数十キロにもなる。東京と名古屋よりも遠い距離だ。その広い範囲にいるすべての小学生の犠牲者が228人。その約3分の1にあたる74人の犠牲児童が、大川小学校の学校管理下で亡くなったということになる。全校児童100人程度の小規模学校だ。石巻の他の学校、北上川沿いにある学校でも犠牲は出ているが、何十人規模という犠牲はない。いかに大川小学校の悲劇が突出している数字か……。
 なので、「全校児童の7割」という表現は、できるだけ使わないようにしている。

 その大川小学校の被害の実態を明らかにするため、震災から2年が経とうとしている2月7日、ようやく市や文部科学省が設置した第三者機関「大川小学校事故検証委員会」の初会合が開かれた。すでに多くのメディアでも取り上げられている。

[毎日新聞]石巻・大川小:事故検証委が初会合 震災後の対応も対象に
http://mainichi.jp/select/news/20130208k0000m040110000c.html

[FNN]震災時の宮城・大川小の避難行動などを検証する第3者委が初会合(動画)
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00240136.html

 今後、関係者などへの聞き取り調査や会合を重ね、今年末までに検証結果を出す予定になっている。



※この後の記事(小見出しのみ紹介)
■対照的に比べられる「釜石の奇蹟」は本当か?
■傷ついた遺族が納得できる検証結果になるか

□質問コーナー「一度の取材にかかる経費は?」

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渡部真 わたべ・まこと
1967年、東京都生まれ。広告制作会社を経て、フリーランス編集者・ライターとなる。下町文化、映画、教育問題など、幅広い分野で取材を続け、編集中心に、執筆、撮影、デザインとプリプレス全般において様々な活動を展開。東日本大震災以降、東北各地で取材活動を続けている。
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渡部真【勝手気ままに】Vol.14「落語の寄席の魅力とは」 



石のスープ
定期号[2012年11月30日号/通巻No.59]

今号の執筆担当:渡部真



 こんにちは。「石のスープ」編集部の渡部です。
 ちょっと配信時間が遅くなりましたが、11月最後の号をお届けします。今回は、ちょっとエンターテインメントな話……。

 最近、ある読者の方から「落語の寄席を初体験しました!」という話を聞きました。落語ブームと呼ばれて久しいのですが、最近はだいぶ落ち着いてきて、数年前のブームの時にような賑わいはないのですが、それでも寄席には常にたくさんのお客さんがいるようになり、落語人気はすっかり定着した気がします。
 僕は下町文化や江戸文化について編集したり記事を書いたりしているので、落語ブームの頃はいろんな仕事をいただきました。いわゆる「00年代」は、江戸開府400年や歌舞伎400年など「お江戸ブーム」や「下町ブーム」もあり、不況とはいえお仕事も順調にきていたのですが、それに比べて昨今は……、おっと、愚痴を言っても仕方ありません。

 落語デビューといえば、4年前、「落語ブーム」にあるなかで、落語家の方に「落語や寄席の魅力」をテーマにインタビューをしました。
 当時の記事から一部を転載し、その後に、この時の取材こぼれ話を紹介します。

 まだ落語や寄席を体験した事ない人がいたら、参考になれば幸いです。

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■12月6日(木) 生中継番組

【東日本大震災 証言アーカイブス】
宮城県の仮設住宅を取材してきました!
http://live.nicovideo.jp/watch/lv116518279


【日時】2012年12月6日(木)20時00分〜21時30分
【出演】島田健弘(フリーライター)
    渋井哲也(フリーライター)
    畠山理仁(フリーランスライター)
    増田菜穂子(学生)

【番組】http://live.nicovideo.jp/watch/lv116518279
    ※無料放送です

11月21日にスタートした「Fプロジェクト・チャンネル」によるブロマガ【東日本大震災 証言アーカイブス】。チャンネル公開、コンテンツスタートを記念して、第一回ニコ生中継を放送します。
9月1日〜3日まで、島田さん、渋井さん、畠山さん、そして僕や数人のライター達と一緒に、宮城県石巻市や気仙沼市の仮設住宅を訪れ、合同取材をしてきました。震災から約1年半を迎えて仮設住宅で暮らす人たちが抱えている問題点はどんな事なのか? 合同取材の中で見えてきたものとは……



■12月10日 主催イベント

東日本大震災 取材報告会
「風化する光と影〜継続する僕らの取材レポート」岩手篇
http://makoto-craftbox.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-e86b.html

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村上さんは岩手県の北部を、渡部は選挙期間という事もあってある県南部の沿岸地域の選挙の様子を、新たに取材し報告する予定です。

【日 時】2012年12月10日(月)18時30分〜
【会 場】新宿2丁目「道楽亭 Ryu's bar」
     http://www.ryus-dourakutei.com/pctop.html
     新宿区新宿2-14-5 坂上ビル
     03-6457-8366

【出 演】渋井哲也(フリーライター)
     村上和巳(フリージャーナリスト)
     渡部真(フリーランス編集者)
 (司会)畠山理仁(フリーランスライター)

【入場料】[前売り]2000円 [当日]2400円
    ※大学生:半額 高校生以下無料
    ドリンク代は別/食べ物は用意していないので持ち込みOK

【予約・問合】「石のスープ」編集部まで
      sdp.snmw(あっとまーく)gmail.com
      080-4366-3070

【放送】http://ch.nicovideo.jp/lives/sdp (一部有料)



■「Fプロジェクト・チャンネル」β版公開

東日本大震災 証言アーカイブス
Fプロジェクト・チャンネル
http://ch.nicovideo.jp/channel/f-project


現在も自由報道協会に残っているメンバー、協会から去ったメンバー、それぞれですが、この「F プロジェクト」の一環として、ブロマガ「東日本大震災 証言アーカイブス」に、我々の記事を提供していきたいと思っています。「石のスープ」編集部の渋井さんや渡部も、「石のスープ」の取材報告とは記事のテイストを変えて、被災した皆さんから聞かせていただいた「生の声」を記事にしています。



渡部真 わたべ・まこと
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渡部真【勝手気ままに】Vol.13「お互い様なラジオ放送」  



石のスープ
定期号[2012年11月30日号/通巻No.58]

今号の執筆担当:渡部真


 
■久しぶりに訪れた仮設住宅に、FM局が出来ていた

 福島県には、県庁所在地の福島市、繁華街が賑わっている郡山市、漁業の栄えるいわき市、3つの30万人都市があり、それぞれが周辺地域の経済を支えている。福島は日本で3番目に広い面積で、その経済的な中心地が、ほぼ同じような規模で3つ存在しているのだ。
 そのなかで郡山市は、東京の郊外の地域によく似た雰囲気だ。あくまでも僕のイメージでしかないが、福島県の中でもっとも東京の雰囲気に似ていると感じる。市街地の繁華街は、ちょうど東京の町田駅や八王子駅の周辺という感じ。

 2011年3月11日の東日本大震災の発生以降、郡山市は沿岸部の被災者たちの避難を数多く受け入れてきた。一方で、郡山市もまた、震度6の地震に襲われた「被災地」だ。全半壊の住宅は約2万戸で、宮城県仙台市、福島県いわき市、宮城県石巻市に次いで、4番目の被害であることは、見過ごされがち。これは、沿岸地域でない内陸ではもっとも深刻な被害だ。上記の3市は、どれも津波被害による影響も大きいのだが、内陸部である郡山市は海がなく、地震による影響が大きかったのだ。

 そんな郡山市の市街地の郡山駅から、車で20〜30分ほど走ったところに、富田若宮前仮設住宅がある。
 約500戸の住宅は6つのエリアに区切られ、全体で約1000人の避難者が暮らしている。その多くは、原発事故の影響を受けた富岡町、双葉町、川内村から避難している人たちだ。

 11月初旬にこの地を訪ねた。昨年の夏以来、約1年2か月ぶりだった。当時はまだ仮設住宅も6〜7割ほどしか完成しておらず、久しぶりに来てみると、集会所やペット(犬)専用の小屋まで出来ていて、ずいぶんと様変わりしていた。

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仮設住宅の敷地の外れに設置された犬専用の小屋。
小さな物置くらいのスペースに区切られている。
小さな窓が唯一の明かりの射し口


 敷地のほぼ中央には、「おたがいさまセンター」(正式名称:富岡町生活復興支援センター)が作られていた。今年の2月に正式に設置されたらしい。運営主体は、富岡町社会福祉協議会で、被災者同士が助け合い、被災者同士をつなぐためのボランティア活動支援施設として位置づけられている。
 喫茶室などもあり、仮設住宅で暮らす人たちの憩いの場になっている。数百人規模の仮設住宅では、こうした集会所のような場所はよく見られるが、社会福祉協議会が運営しているだけあって、ボランティアの受け入れなどが充実しているのが特徴だ。

 その「おたがいさまセンター」内に、小さなラジオブースが設けられ、「おたがいさまFM」がラジオを放送していた。


※この後の記事(小見出しのみ紹介)
■仮想コミュニティ空間の可能性
■仮設住宅に来て、聞いて、それを伝えてほしい


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【東日本大震災 証言アーカイブス】
宮城県の仮設住宅を取材してきました!
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【日時】2012年12月6日(木)20時00分〜21時30分
【出演】島田健弘(フリーライター)
    渋井哲也(フリーライター)
    畠山理仁(フリーランスライター)
    増田菜穂子(学生)

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東日本大震災 取材報告会
「風化する光と影〜継続する僕らの取材レポート」岩手篇
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村上さんは岩手県の北部を、渡部は選挙期間という事もあってある県南部の沿岸地域の選挙の様子を、新たに取材し報告する予定です。

【日 時】2012年12月10日(月)18時30分〜
【会 場】新宿2丁目「道楽亭 Ryu's bar」
     http://www.ryus-dourakutei.com/pctop.html
     新宿区新宿2-14-5 坂上ビル
     03-6457-8366

【出 演】渋井哲也(フリーライター)
     村上和巳(フリージャーナリスト)
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 (司会)畠山理仁(フリーランスライター)

【入場料】[前売り]2000円 [当日]2400円
    ※大学生:半額 高校生以下無料
    ドリンク代は別/食べ物は用意していないので持ち込みOK

【予約・問合】「石のスープ」編集部まで
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【放送】http://ch.nicovideo.jp/lives/sdp (一部有料)



■「Fプロジェクト・チャンネル」β版公開

東日本大震災 証言アーカイブス
Fプロジェクト・チャンネル
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渡部真【勝手気ままに】vol.12「東電福島第一原発構内の取材日誌」(4/4) 



石のスープ
増刊号[2012年10月22日号/通巻No.50]

今号の執筆担当:渡部真

「東電福島第一原発構内の取材日誌」
(4/4)




→前ページ「東電福島第一原発構内の取材日誌」(3/4)へ戻る←


■高橋所長の囲み取材

[12:55]
 報道陣の控え室で、高橋毅1F所長(55歳)の囲み取材が始まった。

高橋所長「昨年12月から、前任の吉田の後を引き継いでいる高橋です。今回の事故によって、福島や全国の皆さんに大変なご迷惑をおかけして心より申し訳なく思っております。現在の1Fの状況ですが、本日、皆様にご確認いただいたように、発災直後の状況からはある程度落ち着いた状況になりつつあり、現在は廃炉に向けた作業ということで、4号機の使用済み燃料を取り出すといった作業を試みています。これは、来年の暮れには取り出す事が出来ると思っています。いずれにしても1〜3号機の原子炉の中は重大な状況ですので、これをしっかりと管理する。放射性物資をこれ以上外に出さないということで、やっております。なるべく1日でもはやく、地元の皆様に戻って来てもらえるように、作業員も皆、1日3000人近く入って作業しています。作業員の安全も十分に気をつけたやっていきたいと思っています」

尾崎記者「大熊町からの避難者によると、東電によって故郷を奪われたなどと憤りの声が出ている」

高橋所長「地元に皆様にご迷惑をかけている事はたいへん申し訳ないと思っています。1Fで出来る事は、二度と同じような事故を起こす事がないようしっかりとやっていくしかないと思っています」

尾崎記者「こうした個別ケースを知っているか」

高橋所長「具体的な個別のケースを存じ上げているわけではないが、そうしたケースがあった事は理解している」

桑田記者「4号機の使用済み核燃料プールの安全性について」

高橋所長「建物も損傷も大きく、多くの方に不安を与えていると思われる。一つは、こうした損傷などによって破損した部分が機能しなくても、再び大きな地震が起こったとして建物の健全性は保たれる計算はしている。そうは言っても、1500体もの大量の燃料棒が入っているので、その下の支柱等を強化し、さらに2割増程度の強度を増している。今後も、十分なメンテナンスをしていく。燃料を取り出す事が最大の安全確保なので、来年暮れまでにできるように進めている」

外国人記者「1〜4号機の事故収束作業が遅れているのではないか?海外の人間には信じられない」

高橋所長「安全の確保を最優先に進めている。とくにこれまでは道路の上などに瓦礫が散乱し、放射性物質があったが、こうしたものを排除して外の環境を整備して来た。建屋の中はまだまだ人間が入れない放射線量の場所もある。ロボットなどを使って慎重に進めたい。遅いというご指摘もあるが、安全に配慮して進めていきたい」

西川記者「先日も3号機で鉄骨が落下する事故があったが、今後、安全に作業を進めていけるのか?」

高橋所長「ここで100%安全ですとは言い切れないが、一つの作業をやるにも十分な調査をし、計画やシミュレーションなどを重ねて進めている。3号機の鉄骨落下の事故でご心配をかけて申し訳なかった」

亀松記者「高い線量の作業にも関わらず、作業員の不正が続いている。所長の見解は?」

高橋所長「一概に言えない。単純に忘れているケースもあるが、意識的に隠すケースもある。事故以降、どうしても十分に作業者の管理が出来なかった部分は否定できない。今後はこうしたケースに対応していきたい。作業員には、法律で定められた被爆線量を超えてしまうと働けないという危機感があると思う。基本的には、作業員の被曝を抑えられるように、放射線量を下げる事が大事だと考えている」

TBS記者「アルプスについて。いずれ水を海に排出するという話も出ているが、見通しは?」

高橋所長「見通しは分からない。いまはまだ放射性物質を含んだ水が増えている状況。放射性物質をできるだけ除去することが、まずやっている事」

記者「3号機の作業再開の見通し」

高橋所長「明確にいつとは言えない。本日、使用済み燃料プールの中にカメラを入れて、鉄骨が瓦礫がどうなっているか確認しているところ。政府からは、とりあえず再開の許可はもらった。安全性を確保し、十分に計算をしてから作業を再開したい」

松井記者「一昨日1号の内部の様子が公開された。こうした映像や情報を得て、所長はどう思うか」

高橋所長「1号機については2号に比べると、予想と大きく変わらなかった。水の量はある程度確保できているだろう。たぶん、原子炉から格納容器にも、損傷した燃料が落ちている。それが3メートルほどある格納容器の中で冠水して、冷却もされているという状況なのだろうと推測できる。その点は良かった。水質は、これも2号機に比べて意外とよく見えていた。水かクリアに見えているというのは悪くない結果だと思う」

 13時15分、ここで取材は打ち切られた。僕は「3号機の全体の収束へのスケジュールを改めて確認」と、「高橋所長が免震重要棟で毎日過ごす中で、日々の積算被曝量や、これまでの内部被曝線量」などについて質問をしたかったが、残念ながら機会がなかった。


■免震棟を出て、再びJビレッジ

[13:22]
 免震重要棟からJビレッジに戻るため、控え室をでる。
 免震重要棟の廊下や階段の壁面には、全国から原発作業員の皆さんへ向けたメッセージボードや横断幕が届けられ飾られている。電力会社関係や、警察や消防関係からのものが多いような気がするが、小学校からのメッセージも目立つ。

[13:27]
 Jビレッジに戻るバスに乗り込む。隣りには元新聞記者で、現在は雑誌編集部にいる記者だった。お互いに今日の感想などを言い合う。彼は、想像よりも圧倒されて、まだまだちゃんとした感想を言えるような状況ではないという。

[13:35]
 バスがようやく出発。東電の敷地を出て、Jビレッジへ戻る。国道6号線に戻ると、東電から記者たちが携帯電話を返却され、電話の使用許可が出た。すぐにツイキャスをやろうと思ったが、ソフトバンクは繋がらない。

[14:03]
 大熊町と富岡町の町境まで来て、ようやくソフトバンクの電波が繋がった。ツイキャスを始める。
 この先は、20分間ほど、ツイキャスが残っているので、参考までに。

《ツイキャス》福島県富岡町国道6号線/2012年10月12日
http://twitcasting.tv/craft_box/movie/6791923

《ツイキャス》福島県富岡町〜広野町国道6号線/2012年10月12日
http://twitcasting.tv/craft_box/movie/6791958

[14:25]
 Jビレッジに到着。

[14:30]
 報道陣用の控え室に戻る。
 ここでもツイキャスの映像が残っているので、参考までに。ただし、最初の2分間はJビレッジ内を移動しながら撮影しているので画像が揺れている。要注意。
 二つ合わせて20分ほどの映像だが、ニコニコ動画の亀松記者のコメントや、寺澤氏の正式な挨拶なども入っている。

《ツイキャス》福島県広野町Jビレッジ/2012年10月12日
http://twitcasting.tv/craft_box/movie/6792089

《ツイキャス》福島県広野町Jビレッジその2/2012年10月12日
http://twitcasting.tv/craft_box/movie/6792244

[14:58]
 再度、WBC検査を受けるために、マイクロバスに乗って検査場へ向かう。

[15:12]
 検査場に到着。入所時は6台だけを使用していたが、今度は9台を使用している。

 さて、WBCの検査を具体的に見た事ない人もいるかと思う。今回、特別に某所の検査風景を撮影した映像を入手したので、ニコニコ動画にアップした。

《ニコニコ動画》某所にてWBC検査の様子
http://www.nicovideo.jp/watch/sm19177829

 検査する人は、自分の順番になったら、検査機の前にいき、手荷物やポケットなどに入っているものを出し、手前のかごに入れる。機械の中の椅子に座る。目の前に小さなモニターがあるので、その指示に従って、椅子の脇にあるボタンを押せば検査開始。ちょうど1分で機械の動作は終了。「正常です」と表示される。機械から出て手荷物を持てば検査が終了となる。非常に簡易的なものだ。

 僕の入所時の検査結果は1063cpmだったが、退所時の検査結果は1163cpmだった。これは、機械の誤差と言える。まぁあまり内部被爆線量は変わっていないということだろう。
 ちなみに、APDによる積算外部被曝量は、9時頃から15時頃までの約6時間で、62マイクロシーベルトだった。

[15:30]
 WBC検査を終え、Jビレッジの控え室まで戻って来た。入所時のWBCはとても時間がかかったが、退所時は使用する検査機を増やしたためかあまり時間を取られず終わった。
 これで、全日程が終了である。控え室を出て、駐車場に移動して、東電広報室の人たちや関係者に挨拶を済ませ、ニコニコ動画やIWJのスタッフ、既知の記者、尾崎カメラマンなどとも別れを済ませた。

 7時にJビレッジに到着してから、およそ8時間半の取材だった。

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手に持っているのは、ICレコーダー
として養生して使用したiPhone
写真提供:尾崎孝史


*  *  *  *  *  *


 さて、非常に長い日誌となってしまいました。
 正直、もっと短くするべきかとも考えましたが、今後、別の記者が東京電力・福島第一原発を取材する機会があった際に出来るだけ参考になればと考えて、長いまま日誌を残すことにします。

 新聞、テレビ、雑誌、外国人記者、ネット、それぞれの媒体ともまた別の報告になりました。こうした記録も、あって良いかと思います。これで、貴重な取材機会を与えてもらった事に対して少しでもお返しになれば幸いです。

 最後になりましたが、感想を一つ。
 最初にも書きましたが、実際に取材をするまで、正直言って自分にとってどれほどの取材価値があるのか正確に把握できないでいました。しかし、やはり今回取材できた事は、とても良い経験になりました。
 今後もこうした機会があれば、出来るだけ多くの記者の方々に、応募してほしいと思います。もし、僕のように迷っている記者がいたとしたら、迷わずに行ってみる事をおススメします。今さらですが、それぞれが、それぞれの方法で伝えていく事が、何よりも大事な事なんだと、改めて感じました。

 では、これからも貴重な体験を求めて、取材を続けていきたいと思います。
 今後とも、「石のスープ」を何とぞ宜しくお願いいたします。


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■9月24日(月)発売!
『週刊金曜日』増刊号
〜さようなら原発 路上からの革命〜

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発 行:(株)金曜日
定 価:500円
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「さようなら原発」のデモや集会が全国に広がっています。毎週金曜日に行なわれる首相官邸前デモや「7・16」の代々木公園には10万人を超える人々が集まりました。そこで目立つのは、これまでデモや市民運動に参加して来なかった人々の姿。原発事故をきっかけに、いま、「さようなら原発」の運動は、かつてないほど盛り上がっています。「この間の流れを1冊の写真誌として記録に残したい」と『週刊金曜日』が増刊号を発行しました。
全68ページ中36ページがカラー印刷。そのほとんどが、東京や全国の運動を写真で紹介しています。そのほか、哲学者・柄谷行人さんのコラム、フリーランスライターの畠山理仁さん、島田健弘さんなどの記事。そして渡部も、「7・16代々木集会」のレポートや、「20万人? 2万人? デモ参加人数、どっちがホント?」という短いコラムを書いています。また、僕が全体の編集と、一部デザインを担当。制作には、古くからのフリーランス仲間が協力してくれ、いつもの『週刊金曜日』とは一味違ったスタイルで作られています。



■まだまだよろしくお願いします!
風化する光と影
〜“メディアから消えつつある震災”の中間報告

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著 者:渋井哲也 村上和巳 渡部真
発行元:E-Lock P.
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渋井哲也、渡部真と、ジャーナリストの村上和巳さんの3人が、これまで東日本大震災で未だに記事に出来なかった様々なルポを約35篇書き下ろしました!
まだ終わっていない震災のなかでの暮らし、それでも明日への歩みが進んでいる。あの時、誰もが見つめた現実を、もう一度、しっかりと受け止めるために、災害の検証、原発問題、生活のなかで起きている問題、学校で暮らす子ども達、未来に向けた復興について、などのテーマに分けて構成されています。
メルマガ仲間の三宅勝久、「ときどき登場」の寺家将太さん、ジャーナリストの長岡義幸さん、記者会見ゲリラの畠山理仁さん、ジャーナリストの粥川準二さんも、寄稿してくました。友人の編集者が、僕らが儲かりもしないのに取材を続けてきたことに支援してくれ、まさに赤字覚悟で頑張って発行してくれました。何とぞ宜しくお願いします。



渡部真 わたべ・まこと
1967年、東京都生まれ。広告制作会社を経て、フリーランス編集者・ライターとなる。下町文化、映画、教育問題など、幅広い分野で取材を続け、編集中心に、執筆、撮影、デザインとプリプレス全般において様々な活動を展開。東日本大震災以降、東北各地で取材活動を続けている。
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category: 渡部記事

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渡部真【勝手気ままに】vol.12「東電福島第一原発構内の取材日誌」(3/4) 



石のスープ
増刊号[2012年10月22日号/通巻No.49]

今号の執筆担当:渡部真

「東電福島第一原発構内の取材日誌」
(3/4)




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■1〜2号機の山側を走り、再び高台へ

[11:11]
 「地下水バイパス試験井戸」を通過する。くり返すが、ここは本来は3号機の山側を走ればいいものを、瓦礫などが散乱しているという理由で、迂回しているポイントだ。
 車内空間線量は「85マイクロシーベルト/毎時」。

[11:12]
 再び坂を下り始めた。2号機と3号機のちょうど間に向かってバスが降りていく。
 右側に3号機の原子炉建屋が丸見えになっている。やはり酷い。3号機がゆっくり見える位置で車を停めてほしい。建屋の内部が見えない僕ら報道陣が、その目で見たものを伝える役割を果たさなければいけないなら、やはりこの3号機の状況こそ、動画でも写真でも十分に国民に見せ、記者はその率直な感想を伝えるべきではないのか?
 記者たちの中には、すでに心が2号機に向いている人たちも多い。

 坂を降りてバスが左に曲がると、2号機原子炉建屋山側の真っ正面だ。「構内取材ルートマップ」紫5の地点である。2号機は水素爆発していないため、建屋がキレイに残っている。しかし、原子炉の中はメルトダウンを起こして非常に危険な状態がいまも続いていると予想される。やはり、建屋だけでは判断が出来ない。すぐ横の3号機とは対照的な外観だ。
 作業員が2号機建屋の入り口付近で作業をしている。しかし、その目の前を、結構なスピードでバスが通り過ぎていく。時速は20キロを超えていると思う(実際、この後の移動距離とその時間を考えると、20キロ以上で走っていた事になる)。カメラは、彼ら作業員を納められているのだろうか?
 周囲の記者の線量計がなり出した。車内の空間線量もかなり高くなっているようだ。

 この直前、4号機の山側でバスに戻った際、寺澤氏に「なんとか、1〜2号機の前はゆっくり車を走らせてほしい」と頼んでいた。海側を走ったときのようにあっという間に過ぎてしまっては、何も見えないし、映像的にもたいしたものは撮れないはずだ。東京電力が「報道陣に公開しています」というアリバイを作るために、僕は取材に来たわけじゃない。ここに来たからには、ちゃんと見なければ、何のために来たか分からない。
「もう少し、ゆっくり走ってください!!」
 思わず、遠くの運転席に向かって叫んだ。周囲の記者たちには多少迷惑だったかもしれないが、叫ばずにはいられなかった。
 ちょうど2号機と1号機の間くらいで、東電の社員が車内の空間線量を伝える。「900マイクロシーベルト/毎時」だ。B班の中ではこれまででもっとも高い値が出た。
「もうちょっとゆっくりお願いします!」
 再び叫んだが、聞き入れてもらえず、バスはあっという間に1〜2号機の前を通過した。
 正直、何も見えなかった……。

 10月9日に東京で開かれた事前説明会で、最大に高い空間線量はどれくらいを想定しているか質問があった際、東京電力の広報室は「事前の下見では、バスの中で1ミリシーベルト(1000マイクロシーベルト)/毎時程度は計測された」と発表した。すると、周囲の記者が小さい声で「あんまり高い線量のところ行くのはなぁ……」と隣りの記者に語っているのが聞こえた。
 自分の健康を気遣うのは大切な事だ。今回は、A班にもB班にも若い女性記者が同行している。女性は、東京電力の指針でも、男性に比べて4分の1程度、低い被爆線量に設定されている。大事な体に、必要以上の放射線を浴びるのは、僕も反対だ。
 しかし、僕自身は、1ミリシーベルト/毎時程度なら、全く構わないのでもっとゆっくり取材させてほしい。この1〜2号機の前でバスが停車して2〜3分、バスの中で撮影させてくれたとしても、40歳を過ぎて子どももいる僕には全く影響がないと考えている。これは、個人的な見解ではあるが、ほかにも同じような気持ちの記者はいるはずだ。だったら、バスを2台に分ける際、早く通り過ぎる事を希望する記者のバスと、ゆっくりバスが移動する事を希望する記者のバスを分けたら良い。
 少なくとも、こんな程度にしか見えないのに連れて来られて「はい、1〜2号機も報道陣の皆様に公開していますからね〜」と東電に言われても納得できない。
 これは、今後、記者や報道機関全体で、東電に交渉すべき重要な問題だ。
 この点も、この取材日誌に記録として残しておきたい。

 1号機を過ぎて、「窒素供給装置」が見えた。そのすぐ手前は、すべてのガラス窓が粉々に割れた事務棟だ。1号機の水素爆発の影響で、このガラス窓が割れてしまい、その映像が、事故直後にも公開されて印象深かった事を思い出した。いまでも当時のままになっているようだ。


■アルプスの施設を見て、再び免震重要棟へ

[11:14]
 海側から高台に登りきって、「構内取材ルートマップ」紫7の地点である「多核種除去装置(通称アルプス)」前に到着した。ここで再び降車し、15分程度、取材をする事が出来る。

 バスを降りる準備があったので、寺澤氏にもう一度、1〜2号機の山側や、1〜4号機の海側を走る際のバスのスピードについて、今後検討してくれるように、広報の上部に話をしたいと伝えた。寺澤氏は「今後、皆さんと本社との交渉次第でしょうが、多分難しい」と言う。しかし、実際に作業員の人たちは、外に出て作業している。理屈で言えば、健康に影響がないと東電が判断しているからこそ、作業員に作業を認めているはずだ。もちろん、事故の特別対応ということもあるが、それにしても、空間線量が1ミリシーベルト/毎時程度で、あんなスピードで走られてしまっては、1F構内でなくても、警戒区域の双葉町、大熊町、浪江町で取材なんて出来やしない。どうしても納得ができない。
 寺澤氏は「たしかにおっしゃる事はよく分かる。だけど、僕も、中途半端に約束して出来ないのは嫌だから、いまは検討しますとしか言えない」と言った。この辺の正直さも、相変わらず寺澤氏らしい。

 バスを降りる時、再び、靴のビニール履きを2枚にする。

[11:16]
 アルプス前に降車した。15分間、好きに取材できるという。
 このアルプスは、「多核種除去装置」という名の通り、汚染水に溜まっている様々な核種を除去する事が出来る。これまでの処理施設「サリー」(4号機原子炉建屋の山側裏にある建物)では、放射性セシウムしか除去できなかったが、この装置ではトリチウム以外は除去できる事になるらしい。ここには3つのアルプスが設置され、もう間もなく完成し年内にも稼働が始まる予定だが、稼働し始めれば1日当たり500トンの水を浄化処理していく事になる。
 ここで水を綺麗にする事が出来れば、1F構内中のタンクに溜まっている大量の汚染水を処分する方法も検討する幅が増えるという。1F構内には、現在約20万トンの汚染水が溜められている。単純計算すると400日かかるが、その間に、さらに汚染水は排出される事になる。現在は、もう間もなく貯蔵タンクが一杯になるが、来年の夏までには40万トンが溜めておけるように設備を作っていく計画だ。まぁ、原発にとっての「命の水」をどうやって溜めすぎず、どうやって低濃度にするかは重要だ。そのための施設となる。何だか持ったいつけた言い方だが、要するに、これで汚染水がある程度キレいになれば、例えば地下深くに水を放出しても問題ない、という事になっていくのだろうと、個人的には考えているが邪推し過ぎだろうか。

 それにしてもこの場所で15分が必要だったのか。もちろん、どんな場所でも取材できるなら何時間でもほしい。ただ、全体で決められた時間の中で動くなら、ここで15分が5分になってでも、原子炉建屋やタービン建屋の前で、後数分でいいから取材させてほしい。

 アルプスの周囲は、やはり地表に鉄板が敷かれていた。地表は砂利だが、放射線量が高いホットスポットが点在しているため、鉄板で遮蔽しているという。

1V0A8441.jpg
写真提供:尾崎孝史


[11:36]
 バスに戻った。やはりバスに乗る前に、靴のビニール履きを1枚だけ脱いだ。
 15分という話だったが、ちょうど20分間降車していた事になる。
 この地点の車内放射線量は「5マイクロシーベルト/毎時」。数百メートル先とは20分の1の線量だ。

[11:42]
 再び免震重要棟の駐車場まで戻って来た。ここでバスを降り、免震重要棟の中に入る。
 行きに免震重要棟の目の前に来た時に書いたが、鉄パイプで作られた簡易的な屋根の下で、待機させられる。まるで櫓のような、工事現場の足場のような印象だ。ここから免震重要棟に入るのだが、防護服やマスクなどをすべて脱着する。かなり厳重に入り口は警備され、数名毎に区切られる。そのため、僕ら報道陣と同行する東電広報室の社員達、数十人がいっぺんに入ろうとしても、入り口に溜まってしまうのだ。まして、ちょうど昼前で原発社業員達も続々と免震重要棟に戻ってくる。
 あっという間に長い行列になった。

 行列から少し離れ、この鉄パイプの屋根の下を見物する。ほかの記者の線量計がピーピーとなっている。尾崎カメラマンの線量計は23.6マイクロシーベルトを示している。尾崎さんによると、この場所でもっと高い値も出たという。地表を鉄板で覆っていても空間線量は高い。

 行列に戻ると、どうやら作業員の行列に戻ってしまったようだ。皆、同じような防護服を着ているので注意しないと間違えてしまう。
 隣りにいた男性作業員に話しかけてみた。マスクでよく見えないが、20代だろうか。
筆者「これから昼食ですか」
男性「はい」
筆者「毎日、こんな感じで並ぶんですか?」
男性「昼になると割りと混みます」
筆者「真夏の炎天下でも、毎日こんなに待たされるんですか?」
男性「否、いつもはもっと早いけど、今日はとくに並ばされてる」
筆者「きっと、僕らのせいですね。ごめんなさい」
男性「(苦笑)いえ……」
筆者「これから何食べるんですか」
男性「コンビニの弁当……」
 ここで、同行していた東電広報部の社員に腕を掴まれた。「ここでは作業員に取材しない約束になってますよね」と言われた。「否、まぁ雑談だから」と返したが、確かにあのまま雑談が進めば、たぶん、改めて外で話を聞かせてほしいという交渉はしただろう。ここは、大人しくしておかないと、周囲の記者たちに迷惑をかける事になってもいけない。そのまま、報道陣の行列前で戻った。


■事務棟内で休憩

[12:06]
 20分近く並んで、ようやく免震重要棟の建物の中に入る事が出来た。
 まず最初の部屋で、ヘルメットを脱ぎ、3重になっている手袋を1枚だけ脱ぐ。靴のビニール履きもここで脱いだ。次の部屋では、手荷物を一旦預ける。その上で、防護服や手袋などをすべて脱ぐ。次の部屋に行くと、手荷物は簡易的な外部被曝の検査を受けて、問題がないものとして返される(※手荷物を持つ事が出来なかったため、後で記憶を戻してメモをしたので、若干の間違いがあるかもしれない)。
 すべては、免震重要棟にできるだけ放射性物質を侵入させないためだ。かなり厳重に管理されている印章を持った。

[12:16]
 防護服などを脱着し手荷物を受け取ると、免震重要棟の2階に案内された。「緊急対策室」と書かれた入り口の横を通り、控え室に通される。ここで暫く休憩をする事になる。
 控え室には、山崎製パンの「ランチパック」(ハムチーズ味/軽井沢キャベツメンチ味)、パックジュース、ペットボトルの水などが大量に用意され、記者たちが自由に食べていいという。正直、とくに腹は減っていなかったが、とりあえず、全部いただいた。これで東電に接待された事になるのだろうか。東京でこんな事を言えば、フリージャーナリストの寺澤有氏から「渡部さん、ランチパックで東電に買収されちゃったの?簡単だねぇ。せめて料亭で接待とかさせてから買収されてよ」と嫌味を言われそうだ。
 まぁ、接待されてご馳走を受けても、一切遠慮しないくらいの図々しさが僕なので、これくらいでは心配しないでね、と心の中で寺澤有さんに話しかけてみた。

 東電の広報室社員が来て、11月から使用される新しい防護服が披露された。下請けの作業員が、APDを鉛で包んで積算放射線量を誤摩化すという事件が起きたため、胸の部分を透明にして、APDが正常に装着されているかチェックしやすいように改良された。

 周囲の記者たちと雑談が進む。大きな取材が一息ついて、皆緊張感から開放されている。中には、同行していた東電の広報室の社員達に、今日の取材での補足説明を求めている。広報部長だった寺澤氏も人気だ。

[12:38]
 この日1日、東電の寺澤氏には、とても丁寧に取材に応じていただいた。いつもはノラリクラリの対応に腹が立つことも少なからずあったが、今日は本音を含めて色々と突っ込んだ話を聞く事が出来た。
 実は、寺澤氏は、この10月1日から、広報室の部長から異動になっていた。最初に「今日は皆さん報道陣の対応のために応援に来ました」と言っていたが、東電広報部長としては最後の仕事だという。すでに、日本原燃に出向になっているそうだ。フリーランスの記者たちにコメントをもらった。
「寺澤でございます。これまでの会見の中ではご不快な点もあったと思いますが、改めてお詫び申し上げます。10月1日付けで日本原燃という会社に出向となります。今後とも一所懸命やっていこうと思っています。長い間お世話になりました」
 最後に、記者会見ではたびたびぶつかり合っていたフリーランス記者の木野龍逸さんにも一言コメントをもらった。
「木野さんとは、会見で何度も質疑応答のやり取りをさせていただいてきましたが、引き続き東電の方の会見も入られると言う事ですから、ぜひ、あの、本店のご取材にあたっては、ルールを守っていただければと思っております。よろしくお願いいたします」


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メルマガ仲間の三宅勝久、「ときどき登場」の寺家将太さん、ジャーナリストの長岡義幸さん、記者会見ゲリラの畠山理仁さん、ジャーナリストの粥川準二さんも、寄稿してくました。友人の編集者が、僕らが儲かりもしないのに取材を続けてきたことに支援してくれ、まさに赤字覚悟で頑張って発行してくれました。何とぞ宜しくお願いします。



渡部真 わたべ・まこと
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